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肩を壊して、私はあれだけ固執していた陸の相棒の座を手放した。
もう野球をやる気力は、私の中を引っ掻き回しても見つからない。
虚無感と絶望感に沈められながら、それでも浅ましく。マネージャーという新しい形で、陸を支える名目を立て隣に居座った。
最初はそれで満足していた。
相棒としてじゃなくても、陸を支えていけるのだと。これも悪くないと。
止まない雨に身を晒しながら、冷える身体に気付かないフリをして。
幸福だと道化みたいに笑えていたのに。
少しづつ。
例えば大会で勝ち上がる度に。
勝利を喜んでいる選手たちを見る度に。
何でそこに居るのが私ではないのだろうと思う様になってしまった。
雨音を掻き分ける沈黙が、私の意識を過去から引き上げる。
本当に、酷い。
虚勢を貼りつけ陸を騙し続けて。役立たずになってもまだ、泥のように陸にしがみついた。
挙句、悔しい思いをした陸に向かって安心した、だなんて。
憎まれても、罵倒されても。仕方がないことをしていると分かっている。
それなのに、否定されたくない。私を傍に置いてほしいと。ここまで来てもまだ、醜い独占欲が胸を支配している。
オレンジ色の光が陸の黒髪を滑っていくのを見ながら、ただ沙汰を待つ。
冷房と降り続けている雨のせいで冷えきった手は、みっともなく震えていた。
痛みすら伴う沈黙は、陸が息を吐き出したことで終わりを告げる。
ゆるりと上げられた口角は、どんな感情から来ているのか。読み取ることが出来なかった。
雨粒が私の内側を容赦なく叩く。
降り積もった水が、胸から喉元へと迫り上がる。
「……結には応援して欲しかったから、正直キツいけど」
「…………うん」
緩慢な動きで放られた白球は、それでも真っ直ぐに天井へと向かった。
薄汚れたボールが窓辺から差し込む夕日を吸い、綺麗なオレンジ色に染まったのは一瞬。陸の手に収まった小さいボールは、元の薄汚れた色を浮かび上がらせた。
「でも俺も同じだなって」
ノイズでしかない雨音の中でも、やっぱり陸の声だけはよく通る。
縫い目に指を這わせて、笑っているような。泣いているような。そのどちらでもないような声が、探り探り言葉を選んでいるのが伝わってきた。
「キャプテンになって思うように野球出来なくなってさ。今後のチームのことよりも、結に失望されたらって考えた」
キャプテン失格だろ?
絶えず聞こえていた音が遠ざかる。
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