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それから日を開けずに梨田からチケットを受け取りたいと連絡がきた。また本牧通り沿いに車がやってきた。郷原ひとりだった。助手席に乗れと言われた。どうやら梨田は忙しいらしい。
「テメエのせいで死ぬほど忙しいわ。どうしてくれるんだ?」
俺は少し驚いた。郷原はもっと寡黙だと思っていたが、乗った途端に愚痴を吐いた。
「親父も梨田さんもすげえヤル気だわ」
郷原は梨田のことを〈若頭〉とは呼ばなかった。どんな立ち位置なんだろうと思いを巡らせたが、しょせん弱小組の俺には分からなかった。
「やる気……」俺は口に出してみた。どんなふうにやる気なのか予測がつかなかった。
「そういえば残りの取引きって、いつにしますか?」
「テメエはすぐにカネが必要なのか?」郷原は俺を横目で眺めた。
「いや、今はそれほどでもないですけど」
「じゃあ、ちょっと待て。これ以上何か指示されたらマジで死ぬ」見た目からは想像できない弱気な発言だった。
「いま俺のこと馬鹿にしたか?」
俺は慌てて否定した。「そんなこと思ってません。なんか想像できないなって思っただけです」
「テメエにゃ想像できねえだろうよ。とんでもなくデカい話になってるからな」
「そ、そうなんですか?」
「まあ、そんだけのモンをテメエが持ってきたってことだな。梨田さんが二百上乗せで払うって言った時は、この人どうかしちまったのかって思ったけどな。俺がどうかしてたわ。二百なんて安いモンだった。やっぱ凄えわ」
それは俺が話したことだよな? そんな価値のあることだったか?
「そういうことだから少し待ってろ」
「そちらから連絡もらうまでは待ちますよ。急いでないです」
「──親父が出てきた。本気で若生を潰すぞ。いいんだな?」郷原は俺のほうに目も向けずに静かに言った。同じところに所属してるんだ。途中で気が変わることだってあるだろうと思われてるんだろうな。
「──それが目的ですから」
俺は真っ直ぐ前を向いて答えた。
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