第七章

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「──それでなんで俺に電話してくるんだよ?」梨田は機嫌悪そうにそう言った。 「〈ヤク〉について詳しそうだったんで」 「ふざけんな」  そう言って俺の脚を蹴った。俺は梨田の車に乗っていた。  電話をかけると、ちょうど関内方面に向かっているらしかった。「通り道だから拾ってやるわ」そう言って俺を本牧通りで車に乗せてくれた。運転は郷原だった。俺は頭を下げたが、一瞥されただけだった。 「例の取引きかと思って来てやったのに」 「あ、取引きもできますよ。持ち歩いてるんで」俺はリュックに手を突っ込んだ。 「馬鹿! なんでそんな無防備に持ち歩いてるンだよ! テメエ馬鹿だろ!」そんなに何度も馬鹿馬鹿言うな。 「部屋は宇佐美に知られてるんで。だったら持ち歩いてたほうが安全です」俺はちょっと不貞腐れてそう答えた。 「職質されたらどうすンだよ! 警察に持って行かれて終わりだ」 「職質なんてされませんよ。俺に職質するなら、世の中のサラリーマン全員にしなきゃならないんで」  梨田は俺を睨むと、また脚を蹴ってきた。痛いって。 「取引きなんて急に出来るか! カネの用意もしてねえし」 「こないだは大丈夫だったじゃないですか?」 「あれはたまたまだ。今度は親父が用意するって言ってたから、事前に言っとかなきゃ出せねえよ」  親父って、もしかしなくても真中だよな? 先日の電話が気になる。あれから麗華さんから連絡はきたけど、『大丈夫』ってしか聞いてない。必要なレシピは送ってくれたけど。 「その顔だと親父と何かあったな?」梨田はニヤニヤしながら聞いてきた。「親父が急に『カネは俺が出すから必ず知らせろ』って言ってきたからよ」  なんだ、それ。面倒な気配がするぞ。 「別に何もないですけど」俺が眉間に皺を寄せてそう答えると、梨田は愉快そうに笑った。 「まあいいわ──で? どうしたって?」  俺は事の顛末を細かく話した。  どうしても分からないことがあった。〈鳴門組〉がそんなことをする理由だ。ヤクを盛って女を犯す。それをやったところで何になるんだろう。だったら普通にヤクを売ったほうが手軽にカネになりそうだと思ったし、あの若生がカネにならないことをやるとは思えなかった。  俺が話を進めていくうちに、梨田は顔を歪めていった。そして全部話し終えると、長いため息をついた。 「テメエよぉ」そう言って頭を抱えた。「郷原、どう思う?」  郷原はルームミラーをチラリと見た。「喋り過ぎですね。大丈夫ですか、コイツ」 「俺もそう思うわ」梨田は満足そうにそう答えた。どういう意味なんだろうか。
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