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第八章
「まあ、落ち着いてよかったというべきなんだろうなあ」
清川さんはお湯の中の梅干しを崩しながらそう呟いた。
俺の様子がおかしかったのもあって、最近は早く帰される。もう落ち着いたと何度言っても、しばらくは早く上がれとみんな口々にそう言った。それで仕方なくここのところ早めに上がってる。清川さんと譲葉にはやっと詳細が説明できたからよかったと言うべきなんだろうな。
俺は梨田に話した次の日チケットを取りに三人組と連絡を取った。カネを渡し、詳しくは説明できないが女の手配も心配するなと伝えた。その代わりギリギリまでは難航しているように振る舞って、ウチのいつもの作業場で仕事をするように指示した。コピー商品と無修正巡回の仕事だ。〈鳴門組〉には知られないように上手く立ちまわってくれとお願いしたら、三人とも首が取れるかと思うくらい頷いていた。ついでに井上さんや春日さんにも内緒だと付け加えた。三人は詳しくは聞いてこなかった。何かを察したのかもしれないな。
全部聞き終えた清川さんは手招きをした。俺は何か内緒の話かと思って腰を浮かせて、清川さんのほうに身体を寄せた。
「馬鹿野郎がッ!」
いきなり頭を叩かれた。痛え!
「な、なにするンすかっ!」
「誰にも相談せずに勝手しやがって! ひと言くらい言っていきやがれ、馬鹿野郎。たまたま梨田さんが理解してくれたからよかったけど、そうじゃなかったらどうする気だったんだ?」
「それは……」
「木崎は〈ヤク〉も持ってたんだろ? 欲しい情報も得たし、ヤク欲しさに消されてもおかしくなかったンだぞ? そこんとこ理解してたのか、テメエは!」
「──すみません」確かに清川さんの言うとおりだ。梨田の考えひとつで、俺は消されてもおかしくなかった。
「あんなでけえ組の若頭だから、懐も広かったんだろうけど。梨田さんには感謝しとけ」
「はい」俺は項垂れるしかなかった。運が良かった。それだけで渡り合えるほど、この世界は甘くない。
「そうだそうだ、碧もたまには怒られないとね!」回鍋肉を持ってきた譲葉はそう言った。
「勝手に一人で暴走するんだもん。ボク達だって役に立つっていうのにさ」
「そういうことで相談しないわけじゃないって」譲葉は「はいはい」と適当に返すと、また台所に料理を取りに向かった。役に立つとか立たないとかいうことじゃない。巻き込みたくないだけなんだ。そう言ったところで、気にするなって言われて終わりなんだろうけど。
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