第八章

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 譲葉は今度はなすの揚げ浸しと椎茸のニンニク味噌焼きを持ってきた。テーブルがいっぱいになる。 「そんで気になるとこがあンだけど」清川さんは椎茸のニンニク味噌焼きを口に放り込んだ。譲葉に「美味いね」と伝えるのを忘れなかった。 「気になるって?」 「今度の取引きの話。取引き相手が変わるわけでもないだろうし、何で組長自ら出てくる必要があンだ?」  あー、と俺は短く答えた。「こないだ麗華さんにレシピの件で連絡した時、なんか居たっぽいんですよねえ」 「麗華さんと一緒に!?」譲葉は箸を止めて俺を見た。 「仕事場に居たから。真中のほうが予約時間より早く来すぎたっぽいんだけど……」 「確認するけど、麗華ちゃんは真中さんの情婦ではないんだよな?」 「違うと思いますけど」そういえばはっきりとは聞いたことなかったな。けどそんな関係なら麗華さんなら言ってくると思う。 「──元彼?」ポロリと口からこぼれた。それを聞いて清川さんは咳き込み、譲葉は目を丸くして固まっていた。  清川さんは「元彼……元彼?」と何度も呟いている。 「麗華さんから聞いたの?」 「いや、それは聞いてないけど。ただ風呂に入って着替えを用意してもらったんだけど、結構大きめの男性用だったから」 「お前らそんな間柄だったの!?」清川さんが食い気味に聞いてきた。そんな間柄? 「それでサイズが俺にも大きいくらいだったから『元彼のヤツ?』って聞いたら、包丁をまな板に突き立ててた」 「うわー。デリカシーなさすぎ、碧っぽいけど」待て。デリカシーなさすぎが俺っぽいってどういうことだ?  清川さんは真中、真中と小さく繰り返した。どうやら記憶を手繰ってるらしい。 「もしかして口髭がダンディな俳優みたいな奴か?」 「そうですね。たぶん背も高いし、そこそこがっちりしてると思います。三揃いのスーツをビシッと着こなしてました」 「あー。というか木崎が勝ってるとこってあるか?」 「ないよね」  二人はそう言って笑い出した。こら、本人を目の前にして失礼だぞ。 「真中さんも木崎なんか気にしなきゃいいのにな」 「なんかってなんすか!?」 「碧は碧の良さがあるから」譲葉は取ってつけたようにそう言って笑った。 「まあ、真中さんは木崎みたいに鈍くはないってことだよな」 「だね」 「そうするとちょっと厄介だな」 「でも碧がこうだから、拍子抜けしちゃうかも」  二人はなんだか盛り上がっていた。よく分からないけど褒められているわけではなさそうだ。俺は面白くないので、椎茸を口に放り込んだ。あ、美味い。今度アパートの食事に取り入れてみようかな。  それから清川さんには例の車のナンバーの件について報告した。宇佐美の車のことも伝えた。もしかしたらそこに停まってることもあるかもしれない。できることなら八重さんの犬の散歩の時に、見てもらうと助かる。清川さんはうまいこと頼んでみると言っていた。 「無茶はダメですよって伝えてくださいね」と清川さんに言ったら「そっくりそのまま木崎に返すわ」と言い返された。
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