第十二章

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**  俺は麗華さんに電話することにした。本当ならひと目会いたかった気もしたけど、麗華さんだって忙しいに違いない。だから電話も短く終わらせるつもりだった。コール音が鳴ると、すぐに繋がった。 「あ、麗華さん?」 『──碧?』なんだかいつもより小さな声だった。出られない時は出ないはずなんだけどなと思いつつも、なんだか変な感じがした。 「もしかして今忙しかった?」一応確認する。 『まあ、そうって言えばそうなんだけど』なんだか歯切れが悪いな。じゃあまたと言いかけた。 『──そんなことねえだろ? 俺はいいって言ってンだ』  うん? どこかで聞いたような声だぞ。 『どうだ、そっちは? 相変わらず忙しいか?』そう言ってクツクツという笑い声がした。 「──もしかして真中さんですか?」俺は自然と眉間に皺が寄る。相変わらず間の悪い奴だ。 『おう』 「もしかしてプレイ中でした? だったらかけ直します」 『勝手に切るんじゃねえわ。相変わらず気が短え奴だ』  というかなんでプレイ中に電話にしてるんだ? それともまた時間より早く来すぎたのか? 『ここのところ誰かのせいで麗華が忙しくてなあ。今日は一日貸切りだ』  俺の……せいか。だったら電話に出なくたって。 『麗華が電話が来たら困るからって貸切りを渋ってなあ。だから電話には出ていいってことにした』  ワガママが過ぎるだろ、真中。少しは待てないのか? だが麗華さんと話せないのは困るから、諦めるしかない。 『なんだ、黙り込んで。いいから麗華と話せや』  というか絶対聞いてるくせに。まあいいか。必要なことだけ話せば。 「──麗華さん?」 『なに?』麗華さんはいつもより固い声だった。 「面談の日、決まったでしょう?」 『ええ』 「俺も行くから」 『ええ──聞いたわ、お兄さんから』 「俺、麗華さんの秘書だって」そう言ったら向こうから麗華さんが薄い笑い声が聞こえた。 『相変わらず無茶するのね』 「俺は俺の調べたいことを調べる。麗華さんは仕事に集中して」 『もちろんそうするつもりよ──でも無謀なことはしないで』 「分かってる」 『お熱いねえ』茶々が入った。マジでやりにくいな、もう。  俺はヤケクソになって言ってやった。「ああ、真中さんから頂いたスーツを着て行きますよ」  すると電話口の向こうから弾けるような笑い声が聞こえた。 「なんすか、そんなに笑って」 『いやあ、木崎。オマエやっぱ最高だな! 俺のスーツを着て、麗華の秘書か。これは愉快だ!』  そう言ってまた笑った。なにがそんなにおかしいのか分からないぞ。  趣味が悪い──そう麗華さんの呟く声が聞こえた。また麗華さんを不快にさせてるのか。ドMだな、真中。 「なにがそんなに面白いか分かりませんけど、あのスーツは本当に重宝してますよ。ありがとうございます」仕方ないからそう言った。それは本当のことだからな。 『──なあ、木崎。全て終わったらまたテメエが打たれてる姿を見せてくれよ。俺はアレが気に入ったンだ』 「はあ。まあ、いいっすけど」 『碧』麗華さんの厳しい声が聞こえた。『そういう約束は軽々しくしないの』  ほら、怒られたじゃないか。真中のせいだぞ。 『まあ、テメエの仕事が無事済むように祈っといてやるわ。そんでまたテメエのあの顔が見てえからな』 「はあ。ありがとうございます」成功を祈っておいてくれるなら、まあいいか。  とりあえず言いたいことは伝えたし、電話を切った。それにしても真中は暇そうだったな。もしかして春日さんと井上さんの件は橋下さん一人でやってるのだろうか。
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