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「……今もさ、そう思ってくれている?」
矢野くんは膝の上の傘をギュッと強く握りながら言った。
私が矢野くんの目を見て頷くと、彼はあの時のような笑顔を見せてくれた。
「じゃあさ、あの日の続きから始めない? ゆっくりでいいから、俺のこと知ってよ」
「続き……から?」
「そう。ここを出て、一緒に歩くところから。ほら、ちょうど雨も上がったみたいだしさ」
窓の外を見ると、いつの間にかあんなに降っていた雨が止んでいた。
「行こう」
先に立ち上がった矢野くんが、あの時のように手を差しのべてくれた。私はドキドキしながらも、彼の手を取り立ち上がった。
矢野くんは、私の手を強く握り、ゆっくりと歩き出した。上履きの音の代わりに、私のヒールがカツカツと音を鳴らしている。
「一応言っておくと、俺は今も橋本さんのことが好きなんだけどね」
びっくりして横を向くと、矢野くんが照れくさそうな顔をしていた。
雲間から顔を出した沈みかけの太陽が、ガラス窓の向こうで空を夕焼け色に照らしていた。私と矢野くんの頬も、同じように赤く染まっているのかもしれない。
あの日、私は矢野くんの傘をさして帰った。途中で雨は止んだけど、傘をさしたまま地面を見て歩いて。
あの頃は、毎日が土砂降りのようで、私は傘を開き、小さな世界の中に籠った。傘の中にいれば、矢野くんが守ってくれているように感じて。
矢野くんの傘が結に出会わせてくれた。そして、結が矢野くんにまた出会わせてくれた。
あの頃とは違い、彼の手を取れるようになった私に、もう傘は必要ないのかもしれない。矢野くんと並んで歩けば、晴れた空も見上げられるような気がするから。
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