後輩

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後輩

手書きのラブレターが学生の間で流行ってるの、知ってる? 百パーセント恋が成就するんだって。ちゃんと決められた手順?ルール?を守れば、ね。 全部同じ筆記用具で、自分の手で書くこと。 封筒の外に、相手のフルネームだけを大きく書くこと。 中身の便箋には、自分一人で考えた言葉を書くこと。 本文の最後に、自分のフルネームを署名する。それ以外の個人情報は書かないこと。 封筒と便箋は、柄がお揃いのレターセットを使うこと。 で、肝心なのは、ココから。 きっちり封したラブレターを、別の全く知らない他人に拾ってもらい、宛名の存在を探して届けてもらうの。郵便局じゃなくて。 そうすると、手紙を届けてくれた優しい他人、の秘めてた恋が百パーセント叶う。 書いた人の恋? さあ、結果はどうだろ? あやしい恋占いとか、都市伝説みたいだよね。 みんな疑いつつも、誰かのラブレター落ちてないかなー届けたいなーって、足元を見ながら歩くようになっている。  ……という話を、上機嫌でしてくる弊社のエース。場所は、大阪のビジネスホテルのユニットのバスルーム。というか、空の浴槽の中。  男二人で、背広と革靴を脱いだ程度の着衣の状態だ。狭い。近い。なぜだ。 「えっと、先輩、酔ってます?」  当日急に決まった出張。ロッカーの置きスーツだけ引っ掴んで新幹線移動して、二十三時まで仕事して。駅前の大きめドラッグストアで、お疲れ様ビールと泊まりに必要な物を買って。会社が押さえたツインルームに落ち着いて、先輩風呂先どうそーって時点で、なぜか捕まって抱えられて放り込まれて、今。  まだ酒呑んでないね。素面だね、うん。 「渡辺になら、酔っている」  先輩の口が僕の下唇をパクリと咥える。驚いて開いた隙間に、舌を捩じ込まれた。更に驚いて、僕、暴れたのかな。  突然頭上から、シャワーの冷水がじゃわじゃわー。 「わ、尻ポケに財布!」 「スマホスマホ!」  二人して慌てて、ショボい鏡台のとこにポケットの中身を避難。 「大丈夫。渡辺晴、宛の拾ったラブレターは鞄の中だ」  なるほど。  頭も冷えて、理解した。 「先輩、今日は十二月です。とりあえず、温まりましょう」 「えっ? ああ」  シャワーを止めて、お湯張りの設定をする。濡れて貼りつき筋肉の形を浮き彫りにする、先輩のオーダーシャツ。僕は慣れない手で、ネクタイとそのボタンを外していく。ユニットトイレの蓋の上に、重くなった布地を放り投げる。ペシンと載っかる。  いつも当然の如く何千万も稼いでくる有能な先輩が、呆然として僕のなすがまま。頬を染める先輩。可愛いじゃないか。  猛獣使いだと密かに裏で褒め称えられる、第六営業部の稼ぎ頭。職場の癖の強い上司も部下もクライアントの心も的確に操る、愛嬌ある人たらし。  人心掌握に長けた先輩が、僕への恋心に掌握されている。手書きのラブレターの噂話なんて、無邪気に信じて。  尊敬する先輩だよ。僕、ちょっと浮かれちゃうよね。  肌着を引っ剥がし、ベルトに手を掛け、下着ごとスラックスを脱がす。自分の体についてるのと同じモノがポロリと、じゃないな、ガツンと顔を出した。  うん、僕大丈夫そう。 「男の体の抱き方の詳細はわかりませんが、百パーセントに出来そうです」  剥き出しの肩をトンと押し、腰湯状態にする。靴下も投げる。自分の湿気ったスーツも下着も、ペシンペシンと脱ぎ投げる。 「それに、先輩宛の封筒、僕の鞄に入ってるんです。まだ落とす前ですけど」  壁ドンならぬ浴槽縁ドンで、耳まで赤くした先輩を囲い込む。 「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします、先輩」
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