ラメンタービレ

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もし俺がβなら、もう少しだけ生きてみようかなと思っていた。 もう少しだけ、琥太郎さんのピアノを支えに生きてみようかなと……思っていた。 だから十月家の前当主の死亡後、この年齢まで死ぬのを待った。 琥太郎さんも、何故か十月家から俺を追い出そうとはしなかった。 必要なものは、いつの間にか察して買い与えてくれていたので、不自由に感じることもなかった。 束の間の安息だった。 しかし、結果は予想通りだった。 俺はΩだった。 俺を凌辱した親戚たちや十月家前当主は、微弱ながらに発散されていた幼少期の俺のフェロモンに当てられていたんだろう。 そう、全ては俺のせいだ。 この世界で最も醜悪なのは俺自身なのだ。 一番楽に死ねるのは電車に轢かれる事だと思ったが、琥太郎さんに多額の賠償金を背負わせるのは躊躇われた。 ただでさえ、前当主夫妻の死亡後は世話になったのだ。 琥太郎さんの立場上、前当主夫妻が勝手に引き取った身寄りのない俺など、追い出せば済む話なのにも関わらず。 故に、俺は首吊り自殺を選んだ。 市街地から離れた小高い山の上。 此処から見る夕焼けに照らされた街は、あの場所に醜悪な人間共が蔓延っているとは思えない程に美しかった。 この世界は醜悪だ。 とりわけ人間は醜悪な生き物だ。 強者に立ち向かおうとせず、弱者に怒りや鬱憤をぶつける。 加害者のくせに加害者意識なんてなく、むしろ被害者意識の塊だったりする。 被害者が自分を怒らせるから、煽るから悪いと平然と口にする。 人間以上に醜悪な生き物を、俺は知らない。 けれど同時に、時に人間は美しいものをも生み出すから俺は嫌いだ。 躊躇も容赦もなく誰かを傷つけ、誰かの尊厳を踏みつけながら、時に琥太郎さんの奏でる音楽のような美しいものをも生み出すから、俺は人間が嫌いだ。 俺は人間が嫌いだ。 けれど、人間をどうしても憎み切れない。 無差別殺人を犯した後に自殺という方向性も考えた。 けれど、琥太郎さんのような存在がその中にいるかもしれないと思うと、躊躇われた。 だから、一人で死ぬ道を選んだ。 第二の性がはっきりと現れてない時点で“アレ”だったのだ。 この先ヒートが起こったらなんて……想像すらしたくもない。 故に、今日俺は死ぬ。 この美しい光景を見ながら、俺は死ぬ。 この美しい光景の前に俺は、汚物や排泄物を撒き散らして、最も醜い残骸を曝すのだ。 でも、それくらいの我儘は許して欲しい。 そしてもう、こんな地獄のような世界には二度と産まれたくない。 もう疲れた。 早く楽になりたい。 「……怜央」 なのに……。 「何で来ちゃったのかな、琥太郎さん……」 そして、何で間に合っちゃったのかな? 何で干渉してくるのかな、今日に限って。 今まで貴方、俺に対してほぼ無関心だったでしょ? 「見たでしょ、通知。遺書と一緒に置いておいたから」 「見ました」 「だったらわかるでしょ。俺、Ωだ。琥太郎さんはαだよね?俺がヒート起こしたら、琥太郎さんの生活も脅かされるんだよ」 琥太郎さんが近づいてくる。 俺はジリジリと後ずさった。 琥太郎さんが手にしたのは、首を吊る予定の木の根本に置いておいた日記だった。 「私はこの日記を全て読みました。だからこの場所に来ることが出来たのです」 俺は頭が真っ白になる。 琥太郎さんが、俺の、日記を……。 「貴方の過去を、私は全て把握しています。貴方が十月家に来る前のことも……十月家で父と母が貴方にした仕打ちも全て」 俺の過去。 十月家での前当主の性虐待。 妻の折檻。 全て把握しているならば……。 「気持ち悪いと思わないの?アンタの父親のチンポしゃぶってたり、ケツに突っ込まれてアンアン言ってたんだよ、俺……ずっと。普通軽蔑するでしょ?二度と関わりたくないと思うでしょ?」
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