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ラメンタービレ
「Ω、か……」
薄々は分かっていた。
というよりも、恐らく自分はΩだろうと痛感せざるを得なかった。
そんな十数年の人生だった。
俺の生家はかつて、それなりに名のある名家だったらしい。
けれど、俺が産まれて間もなく生家は没落したそうだ。
両親が今何をやっているのか、生きているのかすら、俺にはわからない。
俺は物心ついた頃から親戚や血縁関係者の間をたらい回しにされ続けた。
そして……。
俺は何故か、何処の家でも性虐待を受けた。
今世話になっている十月家でもそうだ。
事故死した前当主が存命中は、性行為を強要され続けた。
叫んでも助けを求めても誰にもその声は届かない。
世界は俺を助けてはくれなかった。
……いや。
世界こそが俺を苛む敵だった。
心休まる場所なんて、この世界には存在しない。
焼夷弾がバラ撒かれる戦場を一人逃げ惑い続けている感覚だった。
敵軍に人身御供として投げ込まれ、人間として扱われず、無慈悲に凌辱され続けている感覚だった。
反撃すれば、もっと酷い仕打ちが待っていた。
いつの頃からか、俺は感情と感覚を殺す事を覚えた。
ヘラヘラと能天気なアホ面で笑って同級生と距離を起きながら、俺は死ぬ事ばかりを考えていた。
自殺方法、自殺に適した場所、自殺したその後……。
自殺する瞬間を空想することだけが、唯一俺の幸せな時間だった。
たった一度きりしかない、この地獄から解放される瞬間。
その瞬間を空想することだけが、生きる糧だった。
だが、俺より先に十月家の前当主夫婦が死亡した。
俺を性奴隷として扱った前当主。
前当主を俺に奪われたと言いがかりをつけて、酷い折檻をし続けた前当主の妻。
夫婦揃って、俺より先にあっさり事故死した
俺は正直笑いが止まらなかった。
笑いと、涙が止まらなかった。
俺への加害を認めないまま奴等は死んだ。
俺への謝罪も償いもないまま、奴等は逃げた。
じゃあ、俺は?
俺は、これからどう生きたらいい?
奴等からの被害、傷、トラウマ、全部一人で抱えて生きていくしかないのか?
……やはり、死ぬしかないじゃないか。
十月家は一人息子の琥太郎さんが継いだ。
琥太郎さんは、変わった人だった。
一言で言えば、ピアノにしか興味がない人。
実の両親とも必要最低限の会話しかなく、いつも一人でピアノを弾き続けていた。
ピアノに関しては天才的で、数々の賞を総なめにした。
けれど、琥太郎さんはコンテストにも表彰式にも両親を呼ばなかった。
「アイツは親を見下してやがる。馬鹿にしてやがる。狂ってる。異常者だ」
前当主が琥太郎さんを罵倒しながら俺を暴行することも、珍しくはなかった。
けれど、琥太郎さんのピアノは美しかった。
天上の音楽とはきっとこういうものなのだろうと俺は思った。
琥太郎さんの演奏を、音楽室の隅で膝を抱えて聴いているだけで心が凪いだ。
十月家では決して安心して眠ることができなかったのに、琥太郎さんの演奏を聴いていると、いつの間にか俺はぐっすりと眠っていた。
膝を抱えたまま、ぐっすりと眠っていた。
琥太郎さんに優しくされた記憶はない。
彼は俺にも一切の興味が無いのか、追い出すこともなかったが、俺に声を掛けることもなかった。
俺が今まで生きていたのは、琥太郎さんのピアノがあったからだ。
琥太郎さんの演奏があったから、琥太郎さんの音楽があったから、もう少しだけ生きてみようと思った。
その結果がこれだ。
俺はΩだった。
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