ある日の出来事

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ある日の出来事

吾輩は猫である。 ……一度言ってみたかっただけにゃ。夏目なんとかと違って名前はあるぞ。俺の名前はしめじにゃ。しめじの色に似ているからというなんとも安直な名付けをされたが、案外気に入っている。 幼い頃ペットショップで売られていた俺を、小野家が一目惚れして買ったのにゃ。幼い頃の俺は小さくてふわふわで、それはもう特別に可愛かったからにゃ。一目惚れするのも無理はにゃい。今や見る影もなく大きくなってしまったが。猫の小さい頃なんて人間に比べたらあっという間にゃ。一年で立派な成猫になるのにゃ。 「しめじは大きくなったねぇ」 「小さい頃が嘘のようね」 そうだろう、そうだろう。 ちゃんと成猫の姿を想像してから飼わないとそういうギャップが生まれるにゃ。小野家は浅はかだにゃ。だけど成猫の俺も結構イケてると思うにゃ。 小野家は、パパ、ママ、チビの三人家族だ。パパは無類の猫好きで、いつも俺を溺愛し甘やかしている。ママはいつもしれっとしていて俺に興味がないのか無関心だ。チビは、……うん、いつのまにか小学生になって、大きくなったな。たまに一緒に遊んでやってる。 チビが小学校から帰って来てランドセルと体操着カバンをその辺に放り投げた。ママが目くじらを立てて怒っているが、チビはどこ吹く風にゃ。ママを怒らせると怖いのに、チビは無視してテレビを見始めた。あーあ、知らないにゃ。俺は巻き込まれないように遠巻きに見てるにゃ。 と思ったけど、体操着のカバンから紐が出ていて、通りすがりに思わずじゃれて遊び出す俺。仕方ないにゃ。猫は紐を見るとじゃれたくなっちゃうにゃ。じゃれなくてはいけない運命なのにゃ。 ペロペロカミカミ楽しいにゃ。この世の紐は全て俺のものにゃ。よこすにゃ。 「あー、もうしめじ、体操服出すからどいてー」 はああ?俺から紐を奪うとはひどいやつにゃ。まだ遊びたいにゃ。 「しめじ、邪魔しないのー」 チビにまとわりついてみたけど途中でママの手が伸びてきて、俺は簡単に止められた。その手で頭を撫でてくれる。ママは普段俺に見向きもしないが、何だかんだ優しくしてくれるにゃ。 「ほーらしめじ。おいで~」 パパはすぐに俺を抱っこしてわしゃわしゃしてくる。ああ、もう、毛が逆立つにゃ。うっとおしいにゃ、うっとおしいにゃ。……と思いつつ、パパに抱っこされるのも悪くないにゃ。 そんな平穏な日々を過ごしている俺。 だけど事件は夜中に起こったにゃ。 その日俺はあまり食欲がなく、お気に入りのブランケットの上でじっとしていた。大好きなチュールだけはガツガツと食べたけど、それ以外は受け付けなかったにゃ。お腹がゴロゴロしていて気持ちが悪い。これはあれにゃ、きっと毛玉が悪さをしているにゃ。吐いたらすっきりするにゃ。 エッコエッコ……カハッ 俺の吐く音を聞いたママがむくりと起き上がり、みんなを起こさないように小さな光りだけで片づけようとしてくれる。 「しめじ?大丈夫?」 エッコエッコ……カハッ 「大丈夫よ~」 ママが頭を撫でてくれる。ささっと片づけて俺の様子を伺った後、また布団へ戻っていった。やっぱり頼りになるのはママにゃ。撫でられて落ち着いた俺もそのままお気に入りのブランケットにくるまって寝たのにゃ。 朝、パパが俺の朝食を準備して甘ったるい声で「しめじ~」と呼ぶ。出勤前に撫で繰り回すのが毎日の慣例にゃ。はいはい、今日も付き合ってやるにゃ。ママは皆の朝食を準備したりチビを起こしたり、その合間に洗濯を干したりと忙しそうにゃ。パパが先に出勤し、チビも慌ててご飯を食べ集合時間ギリギリに家を飛び出す。そして最後にママが戸締りの確認をして家を出た。 「しめじ、いってきます」 パパとママは仕事、チビは学校。基本昼間は俺は家に一人にゃ。静かな環境で昼寝三昧。悠々自適な生活をおくっているのにゃ。だから今日もいつも通りゴロゴロできると思っていたけど、ゴロゴロしているのは俺のお腹にゃ。 ……昨日から何か変にゃ。 昼間また何度か吐いた俺は静かにお気に入りのブランケットの上で寝た。ただひたすらにじっとしていた。 皆早く帰ってきてほしいにゃ。心細いにゃ。 部屋が薄暗くなる頃、ようやくママとチビが帰って来た。嬉しくなってリビングの扉まで出迎える。 「しめじ、ただいまぁ」 「すぐご飯あげるからね」 ママは俺にご飯を差し出しながら同時に夕飯の準備に取りかかる。チビはランドセルをおろすと宿題もせずにテレビに夢中だ。 俺はやっぱりご飯がいらなくて、ぼんやりとしていた。 「しめじ、ご飯いらないの?朝のご飯も残してるじゃない」 気づいたママが心配そうに覗き込む。何か食べたくないのにゃ。食欲がないにゃ。 「やだっ、しめじったらまた吐いてる!どこか悪いのかしら?」 ママは慌てふためきながら掃除をする。 ごめんにゃママ。いろんなところに吐いちゃったにゃ。ママの足下でじっとしているとママが屈んで頭を撫でてくる。 「うーん、何か変なものでも食べた?病院行く?」 わかんないにゃ。なんか変なのにゃ。ママ助けてなのにゃ。 じっとしているとまた吐き気が出る。 エッコエッコ……カハッ 「きゃっ、しめじ!」 ママが驚いた声を出す。 俺は口元に引っ掛かっている吐瀉物が気になって必死に取ろうとした。 「待ってしめじ!何かついてるってば。取ってあげるから!」 取ってにゃ~! ママが俺の口元に手を伸ばし吐瀉物をぐっと掴んだ。 「え、やだ。何これ!」 ママがぐっと引っ張ると、俺の口からは長いものがズルズルと出てきた。それは途方もなく長く終わりがないのではないかと思った。 「取れたっ!」 ママの声と同時に、俺のお腹が妙にすっきりして気持ち悪さがすっとなくなっていった。 「しめじ、紐食べてたの?」 ママが驚きの声を上げるもチビはテレビから顔を上げすらしない。あいつはそういうヤツにゃ。 「も~しめじったら、気持ち悪かったね。気づかなくてごめんね。もう気持ち悪くない?」 ママは俺の口を拭ってくれたり汚れた床を片付けたり、一人大騒ぎでバタバタし始めた。 やっぱりママが一番頼りになるにゃ。さすがママにゃ。 すっきりした俺はママにスリスリと頭を擦りつける。ママは優しく撫でてくれた。そして大好きなチュールを開けてくれる。 わーい!やったにゃ。チュールが旨いにゃ。ママ大好きにゃ。 「この紐、体操着のカバンの紐じゃない?」 背後でママの怒鳴り声が聞こえチビがこっぴどく叱られているのを尻目に、俺はチュールとカリカリをガツガツと食べ満足したのだった。 【END】
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