泣けない神と優しい男

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 きっと私は悲しむと思う。ポッカリと穴のあいた、そんな言葉では言い表せないほど彼の居ない日々は辛いだろう。  村人たちは交代でこの社を丁寧に掃除してくれるが、神ではない私自身のことを心配してくれるのは彼だけなのだ。誰もいなくなる、私を知る人は。  私は生涯、彼のことを忘れることはないだろう。  彼が亡くなったと聞いてからの月日は、気が遠くなるほどの時間と孤独を感じた。幽世に行けば会えたかもしれないけれど、臆病者の私はそこに顔を出すこともしなかった。  神であることは辞められないし、代替わりはまだ先の話だ。一つだけ代替わり後にしたいことがあったけれど、私はそれを胸に秘め、静かに日々を重ねる。  村人たちは変わらず私の社を掃除し、境内では祭事を楽しむ。人々の幸せそうな姿を見て、私は一時だけ寂しさを忘れるのだ。  それを何度繰り返したことだろう。  ようやく、私は代替わりの時を迎えた。  私は人になることを望み、人間の体を手に入れる。考えていたのはこれだった。  人間である彼がどんな気持ちであの言葉を吐いたのか、人間となれば知ることができるのではないかと思ったからだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加