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秘密
「そういう訳で今日のところは早退させます。1人だと不安なので俺が家まで送り届けるので、このまま俺も直帰でいいでしょうか?」
オフィスの課長含め、上司に先程の騒動と陽大の様子を一通り説明し、答えを待つ。後ろには陽大本人も居る状況だ。
あんなことがあった後にも関わらず、どうして陽大がそばに居るのか。
それは遡ること30分前のこと───。
◇
そばに居る嗣貴の腕を両手で掴み見上げるように上目でじぃ、っと見つめてきたかと思えば、いつもとは違った力強い言葉で訴えてきた。
トラウマにもなりかねない出来事を2度も経験した陽大にとって、その決断がどれだけ心に重くのしかかることか。それを思うと胸がギュッと掴まれたように痛んだ。
「嗣貴、俺も一緒に同席・・・・・・していい?堂々としていたい、こんな事で弱い部分を課長に見せるの逆効果になる気がして」
「わかった。けど、俺の後ろに居るんだぞ。決して前に出てきたり、勝手な行動はダメだ。ただ俺の後ろに居るだけでいい」
「守る、そう・・・・・・する」
想いを汲み取って貰えたことと、守ろうと尽力してくれる姿勢に陽大は泣いてしまいそうな気持ちを必死に抑えた。
嗣貴は陽大の両肩を支えながら立たせるとそのまま誘導するようにオフィス内をゆったりとした足取りで歩いていく。途中、信頼のおける同僚に言伝をした。
「阿久津、申し訳ないが陽大のデスク周りの片付けを頼むよ。お礼はまた後日に」
「任せとけ、おつかれ清野」
嗣貴は笑みを向け陽大と共に会議中と思われる上司たちの元へと向かった。
◇
そして今、上司たちの返事を待っているこの空間がいつもよりも重く、圧を感じる。
「話は聞いた。怖い思いをさせたな茉莉くん。ほんの出来心だったそうだから、大目に見てやって欲しい」
「そん・・・・・・っ」
「出来心、ですか、アレが?」
社内における上司からの同意のない行為について、納得できない言い分に陽大が反論しようとしたところを嗣貴がその口をスっ、と塞ぎ代わりに述べる。
「ふぅ・・・・・・また落ち着いてから話そう」
「茉莉くん、申し訳ないことをした・・・・・・あの事、何時でもいい頼むよ」
落ち着いてから話そうという言葉からは、この事態を無かったことにして隠蔽しようとする策略が取って触れるようにわかった。
その返答に黙っていれば、課長が徐に口を開き、背後にいる陽大を下から上に舐めるように見上げてきた。反省の色もない表情で話しかける。課長の言葉に疑問と嫌な予感を覚え、陽大の表情も曇り顔色が悪いことに気づけば、ふたりの間にまだ何かあると気づき、一旦ここは引こうと一歩下がり頭を下げる。
「それでは失礼します」
「・・・・・・お疲れ様」
課長を軽く睨みつけたあと、嗣貴は陽大の腰へ手を添えるとその場を後にした。腰に触れると僅かに身体が強ばり震えているのが分かり、上司たちの視線から逃れ颯爽とエレベーターへ駆け込んだ。
その瞬間に陽大は地べたへ崩れるように座り込み、抑えていた感情が溢れ出したのか、双眼に涙が溢れ出し、頬を大粒の雫が絶え間なく滴る。
嗣貴さ片膝を付いて座り、その泣き顔を隠すように肩を貸し、ただただその震える背中を優しく何度も撫で続けた。
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