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「君って、とってもからっぽだよね」
柏木は楽しそうにアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。
柏木の言葉はいつも不意打ちだった。こちらが予想もしていないようなことを、覚悟をしていないことを口にする。今回もそう。
柏木は俺に言葉を与えてから、しばらくはじっと待って何も言わない。俺が何か、必死になって言葉を紡ぎだすまでは決して口を開かない。
俺はこの沈黙が苦手で、つい柏木の期待に応えてしまう。いつもなら。
「俺は、からっぽじゃないよ」
カフェ内に鈴の音が響く。少し気を取られて扉の方を向いた。客は俺たちだけになってしまったようだ。
「からっぽじゃないのか」
向き直ると、柏木は先ほどの楽しそうな表情をどこかに隠していた。
からっぽじゃないのか――その言葉にはただ残念でならないといった響きがあった。
「うん。からっぽじゃない。」
「どうして」
「そう感じるから、そうなんじゃないか」
「そう」
不意を打つとき、柏木は必ず俺を言い負かす準備している。俺が反論できないような言葉を並べ、圧倒的に俺を言いくるめてしまう。
そうして、俺は柏木の言葉に慰められた。柏木はいつも正論を並べるが、その言葉には言いようのない心地よさがあった。
それが何度も何度も続いて、もうかれこれ一年が過ぎているだろうか。
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