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【第2話】
「おはようございます、先輩」
「うわっ……!」
昨日のことが紛れもない現実であったことを証明するように、校門を入ってすぐ飛成から声をかけられた。全身で拒絶の姿勢を取ると、飛成は悲し気に肩をすくめた。
「そんな嫌そうにしないでください、傷つくじゃないですか。昨日もいきなり帰っちゃうし」
「おまえ、マジで同じ学校だったのか」
「当たり前ですよ、ちゃんと制服着てたでしょ。コスプレだとでも思いました?」
「いや、そんなワケねぇと思うけど、何かこう……実感なくて」
「残念ながら、長谷川美月に振られたことも含めて全部本当のことです」
「ぐ……っ」
塞がってもいない傷を容赦なく突つかれて、結人は本当に痛みを覚えながら胸を押さえた。しかし飛成は同情する素振りもなく、平然と話を続けた。
「とにかく、俺が告白したのは確かなんです。そのことについて、あんたは答えを返す義務がある。だから今日は逃げないで、俺にちゃんと時間をください」
並ぶと自分と同じくらいか寧ろ低いかもしれない相手に、しかも一見笑顔なのに何とも言い難い迫力を感じて要求されるままに放課後の時間を明け渡した。
学校の近くは嫌だと言うと、自宅から一駅手前のファミレスに連れて行かれた。ターミナルとは反対方向なので、知り合いに会う可能性は極めて低い。下調べをしてあったのかと思うほど、飛成は迷うことなく店に直行した。
「何飲む?」
お互いドリンクバーだけ注文した後、立ち上がってそう尋ねると飛成は少し目を見張った後ふわりと微笑った。
「ありがとうございます……じゃあ、紅茶で」
「わかった。砂糖やミルクは?」
「ストレートで大丈夫です」
「ん」
すぐに戻ってきた結人は、カフェラテのカップを自分の方に置き、お湯の入ったカップにティーバッグを二つ添えたものを飛成の方に置いた。ソーサ―に置かれた赤と紫のティーバッグを手に取ると、アールグレイとダージリンとアルファベットで書かれていた。
「どっちが好みかわかんなかったから、両方持ってきた」
そう言ってカップを傾ける結人に、飛成はこみ上げる笑いを隠そうともせず身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「相変わらずですね……その尽くし癖。ほとんど初対面の俺にもこうなんだから、彼女に対してなら相当でしょう。そういうところが、長谷川美月には重かったんでしょうね」
「! おまえに何が……」
「分かりますよ。言ったでしょ、ずっと見てたって。それに俺は、あんたの過剰な気遣いも束縛も、嫌いじゃないです。寧ろそれが自分に向けられたら……って傍で見て思ってました。俺には先輩が必要だし、先輩にも俺は役に立つと思いますよ? だからあんな独りよがりな女のことは忘れて、改めて俺と付き合いませんか」
急に笑みを消して真摯な瞳を向けてくる飛成に、思わず息をのんだ。相変わらず突っ込みどころは満載だったが、真剣みだけは伝わってくる。戸惑いながらも間を埋めるようにカップに口をつけると、ラテの中身はほとんど泡ばかりになっていた。温かいコーヒーが飲みたいと思った次の瞬間、目の前に湯気の立つカップが現れた。ソーサ―には砂糖とスプーンが添えられている。
「どうぞ?」
「どうして……」
自分の欲しいものが分かったのか。思わず声に出すと、飛成は何でもないことのように言った。
「好きな人の好みくらい知ってて当然ですよ。カフェラテは無糖で、コーヒーは砂糖だけでミルクなし、ですよね? 今は少し喉が渇いているから、ラテよりコーヒーの方が良いかと思って。当たり?」
「うん……」
手渡された砂糖をカップに入れ、スプーンで混ぜた後にそれを口に含みながら、結人は複雑な心境だった。一年近く付き合ったはずの美月が未だに覚えていないことを、知り合って二日目のこの後輩に的確に言い当てられてしまったことが。そして、それは決して不快ではなかった。
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