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牡丹と猫
弥生。
庭の老梅が緩い風に花びらを躍らせる。
聞こえるのは春を寿ぐウグイスの声。
日を重ねて冬の気配は遠ざかり、春を感じるようになってきた。
遠くで綾の声がする。
陽だまりの中、三吾は肘枕で畳に伸びて微睡の中にいた。
騒々しい足音に無理やり意識を引き上げる。
「おい、三吾!」
勝手知ったるなんとやら。声と同時に返事も待たずにからりと引き開けられた襖。上がり込んできたのは男――佐伯直太朗。
細縞の着物に紋付の羽織。腰には脇差と赤い房飾り。怪しいものでも何でもない――南町の同心だ。
いつもなら団子を片手に現れるのだが、今日は小脇に薄汚れた細長い箱を携えている。機嫌のよさそうな笑顔とは対照的に三吾は眉根を寄せた。
「――――厄介事はお断りだぞ」
先程から背筋がくすぐったい。小さな手で撫でられるような奇妙な感覚。
(……嫌な気配がする)
「厄介事とは大げさな。暇だろうと思って面白いモノを持って来たんだ」
「俺は昼寝で忙しい」
ぼそぼそと文句を垂れるが聞いちゃいない。
仕立ての良い藍の着物に銀鼠の帯、年は三十路寸前。ひょろりと細いこの男こう見えて三吾は小間物屋の中村屋の若旦那。名前の通りの三男坊。
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