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この直太朗のせいでいらぬ噂が立っている。――中村屋の若旦那は小間物屋を畳んで拝み屋を始めるらしい、と。
(そんな気は毛頭ない)
鼻を鳴らして庭に視線を逸らせた。
「直太朗さん。今日はなにを持ち込んだんです?」
「綾ちゃん。由緒正しい掛け軸だよ」
茶を手に入って来たのは綾。三吾の遠縁の子で行儀見習い中。
丸髷を結ったふっくらとした顔。着物から覗く手足は少年のように細い。年は十五になったばかり。年ごろの娘はなにかと三吾の世話を焼きたがる。
「由緒アヤシイ憑き物の間違いだろ? さっきから嫌な気配がする」
「さすが三吾。説明する手間が省けてうれしいよ」
そのくらい手間を惜しまず説明しろと言たい。
幼子は七つ前まで神の子――と言われるほど死亡率が高い。三吾も幼い頃は彼岸と現世を行き来するような子だった。長患いの末に命と一緒に常人には見えないなにかを見る能力を手に入れた。
(そんなものあっても商売には全く使えん)
「――これを見てほしいんだ」
つぶやいて小箱を畳の上に滑らせる。刹那、ぞわりと肌が粟立った。
畳の上の箱と直太朗。湯呑を手にした三吾の視線が行き来する。
目の前の箱は黒く霞が掛かって見えるのだ。
「どこで手に入れた?」
露骨な反応に手ごたえを感じたのだろう。直太朗はしたり顔だ。
「ちょっと前に知り合った友人だ」
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