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まあそう怒るなって。まずは聞いてくれよ。
うん、確かに寝坊した。ちゃんとアラームかけたのに、起きたらしっかり止めてあってさ。なんの記憶もねえの。一つならともかく、三つも設定してあったし、スヌーズだってオンにしてあったのにな。
いや、でも寝てるってことは意識ないんだしさ。しょうがないじゃん? そもそも前の晩、明け方近くまで残業しててさ。うん、なんだか、複数の取引先でトラブルがあったらしくてさ。半分無理やり切り上げて始発で帰ってきて、やっと横になったわけで。一時間程度余計に寝ただけで済んだのは、むしろ偉いと思うんだよね。
あーはいはい、わかってるわかってる。確かにね、それだけならギリ遅れずに済んだかもしれなかったんだよ。急げば間に合った可能性もあるし、そうでなくともせいぜい数十分の遅れで済んだと思う。
ところがさ、それだけで済まなかったんだよね。
まず電話。取らなきゃよかったんだけど、すぐ済むつもりで出たら親父からでさ。元々話が長い方だけど、今回はやたら切羽詰まった調子で、支離滅裂なことを一方的に捲し立ててくるわけ。うん、切りゃあ良かったんだよ。その通り。でもさ、年老いた親が、なんだかわからないけどやたら焦った様子で真剣に話してくるの、やっぱ切れねえじゃん。まあ俺の場合は普段から不義理してるしさ、負い目もあるんだよね。
いや違う違う。お前の誕生日だからってお袋の見舞いに行かなかったのは、あれは自分で決めたことだから。お前のせいだなんて思ってないよ、うん。
どうにかこうにかなだめすかしてさ、ようやく切ったんだけどさ。スマホ見ても、電話する前にお前に送ったメッセージの返信きてないじゃん? 既読すらついてないし。
焦ったよね。バッテリー切れだかなんだか知らんけど、もしスマホが使えない状態にあるんなら、俺が遅れれば遅れただけの時間、なんの見通しもないまま待つことになるわけじゃん? とりあえずさらに遅れそうだって追加でメッセージ送信して、急いで準備してたら机の角に足の小指ぶつけてのたうち回ること数分。
いや違う違う、そんなことまで遅刻の原因に数えようとなんてしてない。言いたかったのは、そうしてるうち今度はドアホンを連続で鳴らす音がしたってこと。とりあえず返事はしたけど、なんか怪しい様子なのよ。そもそもいきなり何度もボタン押してるとこからして尋常じゃないわな。そんで追い返そうとしたけど、離れてかねえの。いつまでもピンポンピンポン鳴らしたりドア叩いたりしながら、なんか叫んでるわけ。
ああこりゃ危ない人だと。
なあ、そんな人の横すり抜けてはさ、流石にいけないでしょ? 立ち去るの待つしかないじゃん?
最初に電話したのがこの時。お前、出なかったけどさ。
違うよ、責めてるんじゃない。いやまあその時は正直「なんで出ねえんだよ!」ってイライラしたけどさ。元はと言えば寝坊した俺が悪いんだし。
まあそんなこんなでさ。やっと外が静かになって、恐る恐るドアを開けて。
念のため厳重に戸締まりして、やっとのことで外に出たんだけど。
おかしいと思うかもしれないけど、最初は気がつかなかったんだよね。
まあとにかく焦ってたしさ。一刻も早く駅までいくことしか考えてなくて。
チャリ飛ばして、駐輪場に止めて、駅舎に向かうときだよ。やっと様子が変だって気づいたのは。
それでも最初は、みんなやけにのろのろしてるな、としか思わなくて。
顔色が変だってのと、体のあちこち……腕やら、耳やらが欠損してる人が多いのと、どっちに先に気づいたんだっけな。
それとも、ただ遅いだけじゃない、歩き方が変だと思ったのが先だったかも。
どっちにしろ、みんながよたとたと俺の方に向かってくるまでは、周りの人じろじろ見たりしないからね、気がついてなかったんだけど。
ああ、ごめん。もったいぶんなくったって、お前だってとっくにわかってるよな。
そうなんだ。そのときはじめて、俺はこの世界に、ゾンビが蔓延していることを知ったんだ。
どう逃げたか覚えてない。
一度気がついてしまえば、そこかしこでゾンビに食われている死体や、悲鳴をあげてゾンビから逃げようともがく人、起き上がってくる食いかけの死体などが溢れかえっていた。
それでもさ、俺はお前に会いに行こうと思ったんだよ。
遅れたことはともかく、その事は誉めてくれたっていいと思う。
だって、部屋に戻って戸締まりして隅で震えてることだってできたんだ。
どこかのスーパーやコンビニに立て込もったってよかった。
ただ、思ったんだ、会いに行かなきゃって。
いくら遅刻しても、約束は、守んなきゃって。
遅刻の時点で守れてないだろって? そうだな。悪かったよ。
でもさ、苦労も察してくれよ。これでも精一杯急いだんだ。
ゾンビの群れに囲まれて、避難したビルの屋上からしばらく降りられなかったり。
恐怖のあまりおかしくなったおっさんに、猟銃で狙われたり。
たまたま出合ってしばらく協力しながら進んできた相棒がゾンビに噛まれて、とどめを刺してこなきゃいけなかったり。
色々あったんだ。
待たされたお前にしてみたらどうでもいいことかもしれないし、俺だって許してもらおうなんて思っちゃいないよ。でもさ、わかってほしかったんだ。
会いたくなくて遅れたんじゃない、むしろ一刻も早く会いたくて、顔みて安心したくて、俺なりに必死だったんだってことは。
会いたかったんだ。どうしても、会いたかったんだよ。
だけど……丸一日と、えーっと……じゅう、いちじかんか。足して35時間。
さすがに遅すぎた、よな。
ああ、わかってる。わかってるから、もうそんなに暴れるなよ。
最後に、聞いておいてほしかっただけなんだ。
今、ほどくよ。お前に噛まれるなら、もう、それでいいよ。
やっぱり、できれば、お前が噛まれる前に、会いたかったけどな。
寝坊しなきゃ、間に合ったのかなあ。
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