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声、だった。切実な、切迫した声色だった。
閉じ行くはずだった双眸を無理矢理にこじ開ける。身体を持ち上げるはずだった力は首と顔面に。
声は頭の方向から──つまり目の前から有ったのだから。振り仰ぐように、頭をもたげ。
「痛っ、つ!」
「あぁ、ケリー! だめ、早く立って、早く!」
「うう、ああ! だめ、だめ、助けてレイチェル! 助け」
声が二つだ。ひとつは女で、ひとつは幼い。
そして続け様、おぞましい鈍い音。ばきり、ぼりん、と。小動物の骨でも噛み砕くような嫌な音。
「あ、ああ……あああああ……!」
恐れが、怯懦が、空気で以て伝わる。何が起きたか、何が起きていないか、想像には難くない。
ぼんやりと、あまりにゆっくり、視界は像を結ぶ。首だけ見上げた先は、惨劇。
然程遠くもない空をたなびく黒煙、灰色い雲底を照らす赤い炎。そこを光源として、木々と草原に影を落とすのは異形の「何か」だ。
人の倍はある身の丈の壺。人の手のような触手が胴体から生えていて、蜘蛛の巣のように身体中を血管で覆う。壺の口にはずらりと歪な歯が並んでいた。
歪んだ歯列は赤黒く染まっている。
そして、その目の前に居る。しりもちを着いた、人影がひとり。
「──っ、ぁ」
──接続、そんな声を聞いた。 瞬間、何かが。
木立のあわいを駆け抜け、弾けた。
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