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し:死者の国
腕組みし、紫がかった銀髪を風に遊ばせながら、少年は紫の瞳を細めて、眼下に広がる光景を睥睨した。
さながら、嵐の吹き荒れた後だった。
小さな集落の家々は、屋根が吹き飛び、柱は折れて、ことごとく崩れ、炎と煙をあげている場所もある。
しかし、ただの嵐後ではない事は、集落中に塗りたくられている赤が、はっきりと示していた。
老若男女問わず、ある者は正面から斬り捨てられ、ある者は首を失い、ある者は逃げようと背を向けたところを後ろから突かれ、ことごとくが血を流して息絶えている。
赤。良い色だ。自分には持っていない、鮮やかな情熱の色。破壊の色。死を示す色。生まれ落ちた時にその身に纏っていた、母親の命を奪った証の色。
「殿下」
少年の後方に、帝国騎士が立ち、恭しく礼をする。
「ご命令通り、集落の民は一人残らず狩りました。次のご指示を」
騎士の声は心無しか震えている。それはそうだろう。この帝国で最も権力を持つ者を前に、緊張しない相手はいない。
いや、それだけではない。少年は、唇でにいっと三日月を描く。
世界の王となる存在を前に、恐れを抱かぬ者など、いやしない。
地面に這いつくばる者。何とか口先でおだてて気を損ねないようにしようと努める者。そもそも感情を殺す者。少年の周りは、そんな人間ばかりだ。
だから。
「足りないね」
「……は?」
組んだ腕を解いて肩の高さに手を掲げ、さもつまらなそうに少年は嘆息する。
「やり方が美しくないよ。もっと綺麗に片付けられないかな」
「は、しかし……」
騎士は口ごもって、主の意図を察する事のできない無能さを示す。それが少年の興を削いだ。
「お前」手を伸ばし、がっと指を広げて、騎士の顔をつかむ。「言ってわからない奴は嫌いだよ」
「ひっ」
騎士の顔が即座に青ざめ、恐怖が満面に宿る。少年が笑みを深くして、場の温度が急激に下がった、その一瞬後。
騎士の姿は、この世界から永遠に消えた。
この力に飲み込まれた者がどこへ行くかなど、少年も知らない。興味を寄せる対象でもない。
ただ、自分の望む国を作り上げるには、必要な力であるとだけ、自覚している。
滅亡と絶望に満ちた、死者の国を作るには。
だが、と、同時に思う。
自分を止めようとする者が、いずれ現れるだろう。虞も媚も諦めも抱かずに、まっすぐに自分を見すえ、剣を構える者が。
「ああ、楽しみだなあ」
剣をへし折り、四肢を奪って、地面に転がしてやったら、その者はどんな顔をするだろう。悲嘆に暮れながら命乞いをするだろうか。それとも、最期まで反抗の視線で射抜き続けるだろうか。
ああ、それとも。
その相手が、この呪われた生を終わらせてくれるだろうか。真なる死者の国に、死せる王の冠を載いた自分を送ってくれるだろうか。
正直、どちらに転んでも構わない。少年は既に、飽いていた。自分と対等に張り合える者のいない世界に。
「だから早く、僕の前に現れておくれよ」
待ち望む者が目の前にいるかのごとく両手を差し伸べ、うっとりと、恋する少女のような熱を瞳に宿し、少年は呼びかける。
が、それもしばらくの事で、一陣の風が駆け抜けた後には、少年の姿は消え去り、破壊しつくされた集落だけが残るのであった。
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