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す:ストロベリー・モーメント
「姐さーん」
少々間延びした声が呼びかけるのを聞いて、セティエ・リーヴスは、ほうとひとつ溜息をつき、声の方を向いた。廊下の向こうから、手を振り振り歩いてくるのは、オレンジ髪の少年――クリフ・マレットだ。
「貴方、偵察に出ていたんじゃなかったの」
「今終わって、エステル様に報告してきたとこ」
元盗賊のこの少年は、隠密行動の腕を買われて、軍の密偵として働いている。戦いの腕前もそれなりにあるが、彼が上に評価されているのは、もっぱらその情報収集力だ。
そんな偵察部隊筆頭の彼は、何故か最近自分につきまとう。『姐さん』とこちらを呼び、食事の時間を合わせて、何くれと話しかけてくる。
その食事の席で、何故『姐さん』なのだとと問い詰めた事があるが、
『だって、あんたオレより年上だろ?』
と、少年はあっけらかんと笑ってみせた後、ミートパイに美味しそうにかぶりついた。
実際、彼は十六歳、自分は十七歳だった。だが、たかが一歳の差で『姐さん』呼ばわりは、何だか釈然としない。得意な火炎魔法でその髪をちりちりにしてやろうかと思った事も、全く無いとは言わない。
だが。
「あ、これ。街に行ったついでのお土産」
クリフ少年は灰色の瞳を細めて、ピンク色の小箱を差し出してくる。無言で受け取り、蓋を開ければ、甘酸っぱい香りがふうわりと鼻腔に滑り込んできた。
そして、中に詰められた物に目をみはる。ホワイトチョコレートを纏わせた、赤く瑞々しい果実。
「……よく、こんな新鮮な物が手に入ったわね」
素直な感想を洩らすと、「丁度市にあったからさー」と、少年は頭の後ろで手を組んで、身体を左右に揺らして答える。
「ま、気に入らなかったら、他の誰かにくれてやっても構わないから」
そう言い残すと、クリフはセティエの脇を通り抜け、軽く手を振りながら歩き去る。
セティエはしばらくの間、箱の中身を見下ろして突っ立っていたのだが、のろのろと、果実の一粒をつまみ上げ、口に運ぶ。途端、果実の酸っぱさをホワイトチョコレートの甘さが丁度良く緩和する、得も言われぬ旋律が、口の中で踊った。
鼻にまで抜ける深い味わいの時間を堪能した後、ごくんと嚥下し、それから、彼女は気づいたのだった。
「……お礼を言うのを忘れたわ」
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