せ:せいくらべ

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せ:せいくらべ

 トルヴェール村の春の風物詩として、背比べがある。  男子達が、村で一番大きな木の下に集まり、一年間でどれだけ身長が伸びたか、幹に疵をつけて比べ合うのだ。 「へっへ! 今年も俺様が一番だな!」  一番高い位置へ線を刻んだマイスが、得意気に胸を張る。 「つーてお前、俺が入ったら永遠の二番手だろ」  彼の兄リカルドが水を差すと、ガキ大将はたちまちむっとした顔になる。 「だから参加しないで譲ってやってるってか? へっ、見てろよ! すぐに兄貴だって追い越してやる!」 「はいはい頑張れー」  すぐに周りと張り合う弟を兄が軽くいなす。その傍らで、クレテスはじっと、木の幹の疵を睨みつけていた。  去年よりは確実に伸びている。というか、毎年着実に伸びているのだ。  だが、低い。ここに集った男子の中では、クレテスが一番背が低い。 「焦る必要無いぞ」  半眼でむくれているクレテスの隣に、兄のケヒトが立って、やんわりと声をかけてくる。 「背が伸びすぎても、できなくなる事が増えるだけだ。小柄だからこそできる事もある。隠密とか、あと、その」  穏やかな口調に次第に笑いが混じり、口元をおさえながら、兄は何とか言葉を紡ぎ出す。 「じょ、女装、とか……」 「兄貴」  地を這うような一段低い声を放つと、「ごめんごめん」とケヒトはひとつ咳払いし、「とにかくだな」と続けた。 「リカルドやマイスのように上背が高くなれば、その分重くなる。回避に遅れが出るし、それ以前に、単純に的も大きくなる。敵の攻撃をかわして隙を突く戦い方は、お前くらいの身長だからできる事だ」  ケヒトの言う事は至極正しい。実際、村の子供達で訓練をする時、クレテスは周囲の男子より小柄な体格を活かし、攻撃を避けた末の反撃を行う。それで得た勝ち星は、マイスより多い。  しかし、小さい。それは劣等感(コンプレックス)の針となって、クレテスの心をちくちく刺す。もっと大きくなりたい。強くなりたい。その思いは年頃の少年の当たり前な願望として、胸に宿るのだ。  その動機となる存在が、場に声を落とす。 「あ、今年もやっているんですね」 「毎年毎年、よく懲りないなあ」  水色がかった銀髪の少女エステルはほわほわした笑顔で。亜麻色の髪の少女リタは呆れた様子で。居並ぶ男子達を眺め回し、木の疵を覗き込む。 「あ、このどっちつかずの中途半端さ、ユウェインか」 「良く見ているな」  リタが、密かに想っている――と彼女は自負しているだろうが、実際には当の本人にも気持ちがダダ漏れの――相手の身長を指摘し、ユウェインが少しばかり嬉しそうに答える。  その隣で、エステルがじっと背比べの痕を見つめていたが。 「これ、クレテスですか」  と、ずばり言い当ててみせたので、クレテスは決まり悪そうに頭をかいた。 「伸びてないだろ」 「そんな事無いです」  自嘲すれば、少女はふるふると首を横に振り、邪気の一切無い笑みを披露する。 「手足が大きい動物は、将来身体も大きくなるそうです。テュアンが言っていました。クレテスは手足が大きいから、きっともっと伸びるんでしょうね」 「犬と同等かよ」  この少女がたまに放つ、無邪気な残酷さに、呆れ気味に嘆息してみせる。  だが、しかし。  今はほとんど同じ目線のこの少女より、背が伸びたら、大手を振って、彼女を守る事ができるだろうか。  ほのかな希望の灯りを胸に、翠の瞳を見つめてみせれば、少女は不思議そうにぱちくりと瞬きをし、口元を持ち上げて小首を傾げてみせる。  この笑顔を守る為に、強くなる。その為にも、もっと大きくなる。  その決意は、まだ年若い少年の中で、確実に根を張り、背丈を大きくし、枝葉を伸ばしているのであった。
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