そ:葬列

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そ:葬列

 その盗賊団は祝杯の真っ最中だった。  長年の宿敵だった一団を、壊滅に至らしめたからである。  ある者は杯を一気に干し、ある者は積み上げた金貨の枚数を数えて高笑い。またある者は、敵の屍を短剣で削いで、食らう振りをしてみせる。  勝利の昂揚と酒に酔った勢いによる、馬鹿げた騒ぎ。どやされながらも酒と料理を運び終えた少年は、根城の外に出て、一人嘔吐(えず)いた。  こんな事が、いつまで続くのだろう。底辺に堕ちたくて、盗賊団に拾われたのではない。無闇に人を殺す為に、剣を習ったのではない。目指す事があって、取り戻したいものがあって。でも、独りでは何もできなくて。そんな中、たまたま身を寄せた場所は、非道の集団であった。  少年は団の中では一番年下で、必要以上に奪い殺す頭のやり方を快く思っていない事を隠せるほど、大人ではなかった。目をつけられるのは容易く、団員達の苛立ちのはけ口として殴られ蹴られ、汚れ仕事を押しつけられた。  今日も、この手で。  川の上流から、数滴で竜獣(ドラゴン)すら殺せるという猛毒の蓋を開け、流れに小瓶を沈めた。川下で何も知らずに水を飲んだ宿敵達の辿る道は、想像するまでも無かった。  腐った血のような毒々しい紫が、じんわりと水に拡散して流れてゆく光景は、ぎゅっと目を瞑っても、まなうらに焼き付いて、繰り返し少年を責めてくる。  お前が、殺したのだ。お前が、手を下したのだ。お前が、葬列を作り上げたのだ、と。 「――――」  少年の名を呼ぶ声がする。こんな時にも優しい声色で呼びかけてくれるのは、この団には一人しかいない。顔を上げて振り向けば、小柄な壮年の男が、髭面に困ったような苦笑を浮かべて、片手を挙げた。  ぽたぽた涙を零れ落ちさせながら、よろよろと男に近づき、すがるようにしがみつく。拾われた頃、彼の胸くらいまでしか無かった少年の身長は、いつの間にか、男を追い越していた。 「お前に殺しは向かねえよ」  少年の背中を右手で軽く叩き、左手で枯葉色の髪を撫でながら、男は言い含めるように、しっかりと言い切る。そして声を抑えて、鋭く囁いた。 「今なら誰も気づかねえ。月を頼りに、ひたすら東へ走れ。俺の頼れる相手が、必ずお前を拾ってくれる」  少年ははっと相手の顔を覗き込む。男の顔から笑みは消え、ひたすらにまっすぐな視線が、少年を射抜く。 「お前の命は、こんなくだらねえ事ですり切れる為にあるんじゃねえ。もっとまっとうな、お前の信じる道の為に剣を振るえ」  家族を失った少年の親代わりだった男は、かつて流行病で妻子を亡くした――とは、人伝に聞くばかりだ。だが、あながち嘘ではなかったのだろうという言葉を、男が継ぐ。 「俺に、これ以上息子が死ぬところを見せるな」  それが、別れの言葉だった。  どんな感謝の言葉よりも。生を願う祈りよりも。その心に響けとばかりに強く抱擁を交わし、少年は腕を解いて、走り出す。 「振り返るな」  その言葉に背を押され、言われたままに前だけを向いて走る。  彼はいつか、少年の運命に巻き込まれて命を落とした人々の葬列に加わるだろう。それでも今は、我武者羅に突き進むしか無い。  目から溢れて止まらない水分を拭いながら走る、少年の嗚咽を知るのは、天空で弧を描く月ばかりだった。
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