な:ナンダー=バードと歌い手

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な:ナンダー=バードと歌い手

「はーいはいはい、寄っておいで見ておいでー。人形遣いのナンダー=バードだよー」  小さな町の噴水広場で、旅装に身を包んだ背の高い男が、高らかに声をあげていた。  歳は二十代後半だろう。ほとんど銀に近い金色の髪をうなじの辺りでまとめ、肩に流している。ローアンバーの瞳は人なつっこそうに細められ、薄い唇は笑みを描く。  何より男をその場に目立たせていたのは、左手に持つ、幼児大の人形であった。蝶ネクタイに、サスペンダーでグレーの半ズボンを留め、青い上着を羽織っている。 『おいバード! てめえの呑気な口上じゃあ、誰も寄ってこねえんだよ! もっと気合い入れて宣伝しやがれ!』  その口がかくかくと動いて、実にぞんざいな口を利く。 「おっとナンダー君、そんな事言わないでおくれよ。お客さんが怖がって逃げちゃうよ。今の世知辛いご時世、心の余裕が大事なんだ。こう、女性を薔薇の香りでふんわりと包み込むようにね」 『薔薇で包み込んだら棘で怪我するわいボケェ!』  人形と遣い手の漫才のようなやり取りに、遠巻きに見ていた子供達が、少しずつ集まってくる。 「お兄さん、お人形遣いなの?」  少年が、蹴って遊んでいたボールを抱き締めながら見上げれば。 「あっ、オラ知ってるぞ! 『ふくわじゅつ』って言うんだろ? その人形、こいつが喋ってるんだぜ!」  別の少年が胸を張って、人形と男を交互に指差す。すると。 「はてさて、それはどうかな?」 『おい小僧! オレ達をその辺の三流と一緒にするんじゃねえぞ!』  男と人形が同時に喋ったものだから、集まった子供達は一様に目を丸くし、一気に沸き立った。 「すげえ! すげえ!」 「えー、どうやってるの!? 魔法!?」 「口の中で別の事喋ってるの?」  たちまち人形遣いの周りに背の低い人だかりができあがり、わいわい騒ぎながら人形に手を伸ばす。 「おっと、俺達は二人でひとつの商売道具だからね。ナンダー君にも俺にも触らないでね」 『アッコラこのガキ、オレ様のズボンを引っ張るな! 素敵な柄パンツが見えちまうだろ!』 「ナンダー君はどこから来たの?」 「バードお兄さんとずっと一緒なの?」 「この町の外の事を教えてよ!」  人形の言葉に、「はーい」と少し距離を取りながらも、子供達の質問は矢継ぎ早に飛ぶ。 「うーん、そうだなあ」  男は人形を持っていない方の手を顎に当ててしばし考え込み、「では」と優雅に一礼をして、口を開いた。 「ナンダー君、あの話をこの子達に聞かせてあげようか」 『あいあい』  おざなりな返事の後に、『てめえら、耳の穴かっぽじってよく聞けよ』と人形が片手を挙げる。 「むかしむかーし、この大陸には、ひとつの種族しかいませんでした」 『始祖種って言うんだ。始祖鳥じゃねーぞ』 「歌や楽器、それに自分の手で作り出した道具で、魔法と同じ効果を発揮できるちょっとすごい種族でした」 『ちょっとどころじゃねーぞ、すげーぞ褒めろ』 「ところが」  男がぱちん、と指を鳴らすと、人形が、かっと目を見開く。その気迫に、子供達は少しだけ身を退()いた。 「始祖種はその能力を恐れた神様から呪いを受けて、滅びるしかなくなってしまいました」 『神様のくせに怖がるとか、超だせーよな!』  だせー、だせー、と、子供達の間からも歓声があがる。 「わずかに生き残った始祖種は、今も人の間に混じって、この世界を見守っているのです」 『ホーラ。今もてめえらの後ろにいるかもしれねえぞ!』  人形が手を掲げて、子供達の背後を示す。少年少女がぎょっと振り向くと、紅と青のオッド・アイを持つ、年齢性別不詳の若者が立っていて、子供達の視線に応じて、軽く手を振った。  そうして両手を広げ、すうっと肺一杯に空気を吸い込み、解き放つように歌い出す。  ナンダー=バードは ボクらの味方  野を越え山越え 河渡り  今日も皆に 元気を配る  ナンダー=バードは ボクらの友達  笑いと夢の 配達人  どっ、と。  子供達が一斉に笑声をあげた。何という事も無いくだらない歌なのに、なんだか場全体が可笑しさに包まれ、笑いが広場に満ちた。 「はいはーい、飛び入りの歌い手さんのおかげで盛り上がったところで、これにて終了!」 『オラてめえら、転ばないように家帰るんだぞ。風邪ひかねえように、ちゃんと布団かぶって寝ろよ』  はーい、と少年少女が仲良く手を挙げ、きゃらきゃらと笑い合いながら広場を去ってゆく。後には、人形遣いと、歌い手の若者が残された。  一歩一歩近づいてくる若者に、男が恭しく頭を下げる。 「相変わらず、お力は健在のようで」 『ったく、ほんと神出鬼没だなてめえ』  人形に粗野な口調で揶揄されても、歌い手は怯む事は無い。 「キミ達も相変わらずだねえ」  ころころと少女のように笑いながらも、瞳は鋭く相手を見すえている。 「変わりは」 「無いですよ」 『あったらてめえが先に気づくだろうが』 「まあ、それはね」  服の裾をはためかせながら、若者はその場でくるんと一回転する。 「ボク達の存在はまだ、『奴ら』に知られてはならない。人を楽しませるのもいいけれど、ほどほどにね」 「いやあ、すいませんねえ」 『そう言いながら、てめえもがっつり歌ってたじゃねえか』 「それはそれ、子供達が楽しい気持ちになってくれたんだから、いいじゃん?」  軽いジャブのような言葉の応酬をした後、「じゃ、ボクはこれで」と、歌い手はひらひら手を振りながら広場を立ち去る。その途端、男からすっと一切の表情が抜け落ちる。 『ったく。毎度毎度どこからともなく現れるんだから、とんだ食わせ者だよな』 「まったくです。ご主人様に同意します」 『人形遣い』はその背を見送りながら、軽い溜息をつき、『人形』は四角張った声色で淡々と答えた。  それはまだ、人でなき種族が、数多くこの世界にいた頃の話。
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