に:煮詰まった執筆

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に:煮詰まった執筆

「何、机に向かったままペンを握った手を額に当てて、呻いているんですか、貴方は」  顔を上げて振り向けば、栗色の髪の少女が、呆れ果てていますという表情でこちらを見つめていた。 「いや」  椅子の背にのけぞり、ペン軸でがりがりと頭をかきながら、青年は弁解する。 「この戦いの記録を残そうと思ってな。だけど、どこから手をつけたらいいもんかわかんねえで、適当に書いたらとっ散らかって、煮詰まった」 「貴方、私より頭が良いわけでもないのに、何やってるんですか。そういうのは、文筆業とか歴史研究家とかに任せておけば良いんですよ」  容赦無い言葉の攻撃。事実、自分は一回り年下のこの少女に頭の回転で勝てないし、剣を振るう以外に能は無い。 「それに『煮詰まった』は物事が完成に近づいているという意味です。貴方の場合は『行き詰まった』です」  深々と溜息を零し、少女は手にしていた盆を、青年の目の前に置く。 「まあ、大体そんな事だろうと思って、用意してきました」  そっけなく言い放ちながらも、できたてのショコラシフォンケーキはまだ温かさを漂わせ、カカオの香りづけをした紅茶と相まって、甘い誘惑が訪れる。 「疲労した脳には、甘い物が良いそうです。まあ、そんなに疲労しているとは、全く思えませんけど」 「お前も言うようになったよな?」  この少女と出会って三年。親の背後に隠れて気恥ずかしそうにしていた幼い面影はどこへやら。青年に対してはずばずばと切り込んでくるようになった。  まあ、それでもいい。その守ってくれるべき親を帝国に奪われて天涯孤独になったあの日。 『わたし、軍師になります。お祖父(じい)様みたいな立派な軍師になって、帝国を倒します』  ぼろぼろと涙が止まらずにしゃくりあげていた。あんな姿はもう見たくない。一年で立ち直りはしたものの、嵐の夜には頭から布団をかぶって、引きつった涙声を洩らしているのを、知っている。  自分にできるのは、彼女の策を実行する為に、剣を振るうだけ。幼くして家族を亡くした者同士として、自分にできる事をするだけ。  彼女の方が、よっぽど上手く『煮詰まった』文章を書けるだろう。だから青年は、行き詰まった執筆をペンと共に放り出してフォークを手に取り、シフォンケーキを口に運ぶ。 「うめえ」  行き詰まった感覚が甘味と共にあっという間にほどけて、素直な感想が口を衝いて出た。
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