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は:花はいずれか
「うわ~!!」
少女は歓声をあげながら、ピンク色に包まれた木々の下へ駆け出す。
「おれも見るのは初めてだなあ、桜」
後ろからのんびりついてくる青年が、ぐるりとこうべを巡らせながら、感慨深げに零した。
「ルフィも?」「うん」
はらり、ひらり。花弁が風に乗って舞い散る中、少女が振り向けば、青年は面映ゆそうに首肯した。
「おれが育った村は、北国だからね。桜が根を張る事は無かったよ」
「そっかー。イノもだよ」
少女の出身は大陸北端。青年より更に北である。この大陸で桜は、土壌に恵まれ、一年を通して比較的温暖なグランディア王国でしか見られない。
物珍しさに、少女の興奮は上がりっぱなしで、くるくる、くるくる、桜舞う中を踊るように回る。
「そんな事したら、目が回るよ」
青年が苦笑した通り、頭がくらくらして、少女は体勢を崩してその場に尻餅をついた。
「ほらー」
「あっははははは!」
呆れ顔をする青年と、そんな表情をさせてしまった自分の失態がおかしくて、少女は高らかに声をあげて笑う。青年が身を屈めて手を伸ばしてくれたので、素直にその手を取って、立ち上がる。
すると。
青年がきょとんと目をみはって少女を見下ろし、「あ」と呟いた。
一体何だろうか。小首を傾げると。
「イノ、動かないで。そのまま目をつむってて」
青年が至極真剣な顔をして告げるので、少女の心臓は高鳴る。
(え、えーと? こここの流れって?)
同胞にときめきを覚えた事が無く、「好きです!」と言われても「ごめん興味無い」で流してきた少女だが、この青年相手には、何故か恋する乙女の反応をしてしまう。
言われるままに目を閉じ、唇を少しだけすぼめると、青年の手がこちらの髪に触れた感覚が訪れて。
「はい、もういいよ」
手が遠ざかってゆく気配がする。
ぽかんと目と口を開ければ、青年は、手にした桜の花びらを風に解き放つところであった。
「ファッ」
変な声が口から洩れる。
「どうしたの、イノ?」
「な、なんでもないっ!」
不思議顔で見つめてくる青年から必死に顔を逸らし、熱を持つ頬を両手でおさえる。
完全に自分の勘違いだった気恥ずかしさと、期待を裏切られた虚しさ、そして鈍感な青年へのわずかな苛立ち。
様々な色をした花が少女の脳内で次々と蕾を開き、桜の花弁よりも激しく舞い踊るのであった。
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