ひ:緋色のまぼろし

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ひ:緋色のまぼろし

 枯れた土地だ。  半月前にようやく得た己の魔獣(グリフォン)の背から、少女は故郷の大地を見下ろし、息を吐き出した。  峻厳な山脈に囲まれ、大陸の南西半島という、陸の孤島として成り立つ自国は、不毛の地として苦難の歴史を歩んできた。  祖父の代で、山脈に棲むグリフォンを飼い慣らした魔獣騎士(グリフォンナイト)を戦力と成し、父が王となった時、それを軍の主力として各地に送り出す事で、国内の貧困は改善を見せた。  だが、足りないのだ。民は父を名君として讃えるが、国民全ての苦しみを取り払うには、まだ足りない。土地は相変わらず痩せたままだ。そんな土壌でも育つ野菜と穀物、得た金で何とか飼育に成功した家畜。それらをもってしても救えずに、両の掌から零れ落ちてゆく民の命がある。  だが、それでも。  少女はこの国に生まれた事を、不幸とは思っていなかった。  この荒れた土地にも咲く花はある。民は心を強く持って王族を慕ってくれる。稜線の向こうに沈む橙色の夕陽は、どんな宝石よりも美しい。  いつか自分が父から受け継ぐのだ、この、武骨だが美しい国を。 「お父様の代よりも、更に良い国にしたいわね、ヴィスナ」  グリフォンの毛並みを撫でると、魔獣はぐるる、と喉を鳴らして応える。  緋色の翼を翻して。  魔獣騎士は夜の迫る空の下を飛んだ。  本当に枯れた土地だったのだろうか。  ようやく乗れるようになった己の魔獣(グリフォン)を駆って、少年は故郷の大地を見下ろし、長い息を吐いた。  気の遠くなるような戦争が終わり、他国からの援助を得られるようになった故国は、十年と少しで見違えるような発展を遂げた。  治水と農耕の技術が伝わり、不毛の大地にも、充分な農作物が生り、美しい花々が咲いて、肥えた獣を狩れるようになった。  過去の事は少年はよく知らない。大人達の代で変わった事だ。 『いつかはお前も全てを知る事になる』  少年がもっと幼かった頃、少年の父親は、己の翼に我が子を乗せて、遙かなる空へ飛んだ。そして、どこか遠いところを見つめる瞳をしながら、ぽつりと洩らしたのだ。 『ここに辿り着くまでに犠牲になった命を、忘れるな』  父親の言う事の全てはわからなかった。だが、眼下に広がる景色を、美しい、とは思った。 「俺にどこまでできるだろうな、ヴィスナ」  過去を思いつつ、相方の翼を撫で、夕暮れ迫る稜線を見やった時。  沈みゆく太陽に向かって飛ぶ緋色のグリフォンと、その背に乗る騎士が見えたような気がして、少年は瞬きをし、ごしごしと目をこする。  だが、再び視界が開けた時、魔獣騎士の姿はどこにも見当たらず、ただ橙色の太陽が、静かに沈みゆこうとするばかりであった。
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