ふ:ふきのとう争奪戦

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ふ:ふきのとう争奪戦

 春がやってくると、山に恵みが芽吹き始める。  パロマ・ユシャナハは、恋人のウォルターと共に、篭を背負って山菜を摘みにきていた。 「んっふっふ。今日も沢山採るわよ」  ウォルターの家族が経営する、食堂つき宿場の為。目標に向かい、ブーツで山道を踏み締めながらずんずん進む。 「ま、待ってよパロマ」  背丈に反比例して肉付きが少なく、ひょろひょろした体躯のウォルターが、情けない声をあげつつ後ろからついてくる。 「根性が足りない!」  パロマはぎんと鋭い目つきで振り返り、一喝した。 「実家を繁盛させたくないの? お客さん達が喜ぶ顔を見るのが、あんたの仕事じゃないの? アタシはそんなひ弱な男を好きになった覚えは無いんだけど?」 「……はい」  勢い良くまくし立てられて、ウォルターの顔に、やや頼り無い笑みが浮かぶ。 「パロマは本当に元気だなあ。そういうところが好きなんだけど」  思わぬ反撃。へろへろ情けなさそうに見えて、時折しっかり爆弾を投げ込んでくる。それに、幼い頃から鍛えた弓の腕は、そこいらの兵にも後れを取らない。そして、作るごはんはとてつもなく美味しい。  故郷を飛び出し、行き場を無くして荒んでいた少女の自分に声をかけて、ごはんを無償で食べさせてくれた、あの時から。自分は彼に(ほだ)されっぱなしなのだ。  そんな彼が、食堂でお客さん達の好評を得る為なら、苦労は厭わない。パロマはそう決めたのだ。  本日の目標は、ふきのとう。春の訪れを告げる使者。灰汁抜きをすれば毒性が消えて、葉も茎も食べられる。葉を細かく刻んで味噌に混ぜれば、酒の肴。そして何より、土の中から顔を出したばかりの芽は格別だ。天麩羅にして熱々をいただくのが、絶品。  ほとんどは食堂に来る客の腹に収まるが、「味見」と称してご相伴にあずかれるのが、パロマにはたまらない。少しばかりの苦味も、米飯と一緒に食べれば、米の甘味と絡み合って、この上無い美味を奏でるのだ。口の中に溢れてきた唾を、ごくりと呑み込んだ時。 「止まって、パロマ」ウォルターが、抑えた声で囁きかけた。「誰かの気配がする」  言われてパロマも足を止め、周囲に気を払う。この山に生る食材を得る権利は、街の誰もが持っている。だが、今日この朝早くから山に入っているのは、パロマ達だけのはずだ。  一体誰が。腰に帯びていた護身用の短剣に手をかけながら、ウォルターと共に慎重に歩を進めると、木々の途切れた先で、魔獣(グリフォン)が二匹、木に繋がれていた。  グリフォンは隣国カレドニアの騎士が騎乗する移動手段だ。という事は。パロマは咄嗟に短剣を抜き放ち、ウォルターも弓を取り出して、じっくりと辺りを見回しながら歩く。  すると、グリフォンからそう遠く離れていない場所で、身を屈めている男女二人が目に入った。せっせと地面を掘り返し、背中の篭に放り入れてゆくのは。 「っあーーーーー!!」  正体に思い至った途端、パロマは周辺の鳥が驚いて飛び立つほどの大音声をあげていた。 「ふきのとう泥棒!!」  その悲痛な叫びに、男女がはっと振り返る。ガルド平民の服装をしているが、グリフォンを使っているところから、その正体はばればれだ。 「領域侵犯して山菜泥棒とか、何やってんのよ!?」 「クッ、見つかったか!」  男が咄嗟に立ち上がり、女に篭を託す。 「ここは俺が食い止める! お前は小川向こうのものをかき集めてから逃げろ!」  どこにふきのとうがあるか把握している。どうやら常習犯のようだ。  だが、ここはこちらのホームグラウンド。敵より山の中を知り尽くしている。 「させないわよ!」  パロマはざっと地を蹴り、走り去る女の背を追いかける。男の方はウォルターが何とかするだろうと信じて。 「ちょ、ちょっと!」  地味な顔立ちをした、まだパロマとそう歳も変わらないだろう女、いや少女は、焦りきった表情で振り返りつつ、しかし足は止めない。しかも結構速い。伊達に魔獣騎士(グリフォンナイト)ではない、鍛えている、という事か。  しかしこちらとて、ムスペルヘイムで名を馳せた魔鳥騎士(アルシオンナイト)の娘。身体能力にかけて後れを取る事は無い。  女二人は駆けに駆けて、小川がさやさや流れる場所まで辿り着く。そして同時に地面に這いつくばって、緑の芽を探し始めた。 「私達だって、たまには新鮮な山菜を食べたいのよ!」 「そうは問屋が卸さないわ! 負けないわよ!」 「こっちだって……あっあった!」 「何ですってえ!? あっこっちにもあった!」  最早領域侵犯の話など宙にブン投げて、少女二人はせっせとふきのとうの芽を摘んでは、運動会の玉入れのように篭に放り込んでゆく。  どこかで烏が「アーホー」と鳴いているのが聞こえる以外は、大きな音の無い時間が過ぎる。  そして、どれくらい経っただろうか。 「も、もう無理……」  カレドニアの少女ががくりと両手を地面についてうなだれると。 「こ、こっちも限界……」  パロマも背の篭を下ろして、地面に身を投げ出した。 「あ、あんた、やるじゃないの」 「そ、そっちこそ」  少女がぜえぜえ息を切らせながら声をかけてくるので、パロマもにやりと笑みを向ける。 「来年採れなくならないように、きちんと数を考えて採る辺り、わきまえてるじゃない。山菜摘みの鑑だわ」  カレドニアは土壌が貧しく、山菜など育たないだろう。国境を越えるという危険を冒してまで山菜を採りにきた割には、きちんと後の事を考慮している。ただのふきのとう泥棒ではない。そこには敵味方関係無く敬意を払うべきだと、パロマは思った。 「うちの故郷には、歳を取ったおばあちゃんもいるから。元気を出して長生きして欲しくて」 「ほーん……」  少女の言葉の真偽はわからない。だが、遠い昔、貧困に耐えきれずカレドニア側から越境してきた人間を、この国の者達は、彼らの言い分も聞かずに惨殺したという。自分達は獣ではない。言葉を交わさずにただ命を奪うだけでは、この国、いや、大陸に蔓延る争いの火種を消し去る事は、永遠にできない。 『騎士というのは、ただ敵を殺す為に武器を振るう存在ではないの』  亡き母の言葉が、脳裏に蘇る。 『国王の代弁者として、相手と向かい合い、時に剣を収め話を聞いて、手を握り合う事も必要なのよ』  母の仕える主は、大陸から争いを無くそうと心血を注ぐ『優女王』ミスティの朋友であったと聞く。パロマが物心つく頃には既に亡い人々であったが、母が彼女達を心底尊敬し、その力になりたいと願う気持ちは、子供の自分にもよくわかった。  だから、今は。 「あーもう、いいわよいいわよ!」  開き直ったように。パロマは声を張り上げる。 「ふきのとうでも何でも持っていきなさいな。それであんたの国の人達が少しでも喜ぶなら、今回は目を瞑ってあげる」  ただし、次は無いからね。そう付け加えると、少女は真ん丸い目をみはり、パロマから視線を逸らして、それから。 「……ありがとう」  とぼそぼそと洩らした。  グリフォンのいた場所まで戻ると、案の定、ウォルターは上手く相手と和解したようだ。気が逸って争いがちなパロマに対し、食堂で様々な人々と言葉を交わして、対人能力に長けた彼だ。水筒の水を分け合い、談笑すらしている。 「大丈夫か!?」「うん」  パロマ達が姿を現したのに気づくと、男が少女に近づいてきて、心底心配そうに両肩をつかむ。少女は篭の中身を見せて、「ばっちりだよ」と微笑んでみせれば、男も安心したのか、顔を伏せて安堵の溜息をついた。 「ほら、早く行きなさいよ。街の連中が気づかないうちに」  パロマが手を振り振り促すと、魔獣騎士二人ははっとこちらを見、深々と頭を下げる。そして各々のグリフォンに乗り込むと、ばさりと羽ばたきの風を起こして舞い上がり、あっという間に空の彼方へ見えなくなった。 「彼、弟の一人を病気で亡くしたんだってさ」  空を見上げるパロマの隣にウォルターが並んで、ぽつりと呟く。 「他の弟妹達には笑顔でいて欲しいからって。そう言われたら、放っとけないよね」  その話が本当かどうか、少女の話と同じく真実は闇の中だ。それでも、真正面から受け取って気を遣う恋人の優しさは、この不穏な時代には貴重で、だからこそ、失われてはならない気持ちである。 「早く戦争が終わるといいね」  ウォルターの言葉に、パロマも「うん」とうなずく。  戦が終わる。そうすれば、あの二人もこそ泥のような真似をしなくても、堂々と自分達と共にふきのとう争奪戦ができるから。  その為に、自分ができる事は何だろうか。 (何だろうね、母さん?)  もう一度上空を見上げ、亡き母に問いかけてみる。当然応えは無く、パロマの問いかけは、宙に溶けて消えてゆくばかりであった。
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