い:石のような

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い:石のような

 それは冬のとある一日。  村中の友人達がばたばた倒れていっている。それも男に限って。  腹を下して寝込み、ひどく青い顔をして、うんうん唸りながら汗をかいているそうだ。  はじめは、男性だけが急激に感染する病気が、どこかから持ち込まれでもしたのかと思った。だが、きっと違う。始まりがアルフレッドだった事を思えば、この恐るべき事態の発端は、想像がつく。 「クレテス、ケヒト」  その発端と思しき少女は、シュタイナー兄弟の前で、気恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、紙の箱を差し出している。その中には、黒い石のような物体。どれひとつとして同じ形が無く、なんか、とげがつんつん生えたようなものもある。 「あの、今日は、女性が男性に感謝の気持ちを伝える日だそうです。だから、作ってみました」  何を。そのツッコミを飲み込んだ自分はとても偉いと思う。 「あ、あの。エステルがどうしてもって言うから、作り方は教えたの。作り方は」 「あたしは止めたからなー」  少女の後ろで、ロッテがゆるく結わいた三つ編みを揺らして必死に弁明し、リタは頭の後ろで手を組んで、あくまで自分は悪くない、という体を貫いている。  そう。どんなに作り方を順守しても、出来上がるものが人によって異なるのは仕方無い。ましてや、砂糖と言われて塩を通り越し、小麦粉を持ち出して、彼女の叔父が、「僕はあの方の育て方を間違っただろうか」と、かなり深刻に同僚に相談していた、そんな料理の腕前の持ち主ならば。  だが、ここで要らないと言えば、確実に少女を傷つける。お前の作った石のようなそれは、到底食べ物とは言えない、と宣告するのと同等になる。  憎からず思っている彼女を、落ち込ませるわけにはいかない。彼女に悪気は全く無いのだ。むしろ、この村の皆に喜んで欲しい一心で、こうやって慣れぬ料理をしたのだから。  兄ケヒトと顔を見合わせる。兄は「覚悟を決めろ」というこわばった表情をしてこちらを見下ろしている。  覚悟を決めなくてはいけない。男なら。そう、男なら!  心を定めて、クレテスは石のごとき物体に手を伸ばした。 「歯応えも完全に石だった」  後に、三日間寝込んだ病床から、少年は遠い目をして語ったという。
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