へ:偏頭痛の理由

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へ:偏頭痛の理由

 ずくん、ずくん、と。鈍痛が苛む。 「叔父様、大丈夫ですか?」 「ええ。申し訳ありません、エステル様のお手を煩わせて」  不安たっぷりの表情をしながら姪が持ってきた鎮痛剤を、水で流し込む。この偏頭痛は、そんなもので治まるものではない。わかってはいるが、姪の気遣いを無碍(むげ)にするわけにもいかない。  過去を思い出す度に。  冬が巡ってくる度に。  雨が雪に変わる度に。  赤い炎と白い雪の向こうに消えたあの女性(ひと)の背中が脳裏を横切って、激しい頭痛をもたらす。  まるで、忘れるな、とばかりに。主を救えなかったお前の罪は、未来永劫消える事が無いのだと言わんばかりに。  だが、それでも。 「そうだ。頭痛にはカフェインが効くとも言います。珈琲を淹れてきますね。少しは楽になるかもしれませんから」  心に澱む不安を押し流そうとしているのだろう。精一杯の笑顔で手を打ち合わせ、台所へ向かう姪の背中を見れば。少しだけ、ほんの少しだけ、鈍い痛みが和らぐのだ。  歩き出した時に。  喋り出した時に。  剣を握った時に。  いつかこの姪が、失われたものを取り戻してくれるのだと、夢を見ずにはいられなかった。銀髪に翠の瞳を持つ、母親に生き写しのようなこの少女が、世界を変えてくれるのだと、期待を寄せられずにはいられなかった。  亡き人と重ね合わせてしか少女を見られない自分は、とてつもなく愚かだと思う。それでも、いつか彼女が然るべき立場を取り戻せば、この痛みも癒されるのではないだろうか。  その時、自分はどういう立ち位置にいるのだろう。側近として彼女を守り続けるべきだろうか。それとも、あの女性とは違う彼女の道を妨げないように、そっと姿を消すべきか。  目を閉じて、頭痛の時まなうらにちらちら映る赤い光を鬱陶しく思っていると。 「きゃあああああ!?」  裏返った悲鳴と、何か硝子製のものが勢い良く床に叩きつけられて盛大に割れる音が耳に届いたので、目蓋を持ち上げる。  忘れていた。姪の致命的料理下手を。 「……珈琲を淹れるのも駄目だったか」  何だか、いつもの偏頭痛以外の場所が痛む気がするが、気のせいだ、と思考の外へ追いやる。片付けを手伝う為に、ふらつく身体を律して、台所へ向かった。
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