ゆ:幽霊騒動

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ゆ:幽霊騒動

「ここは三百年前、聖王ヨシュア率いる解放軍が、魔族と激しい戦いを繰り広げた場所だろ」  雲で星が見えない夜空の下。カンテラの灯りだけに照らされるリタの顔が、薄ぼんやりと闇に浮かぶ。彼女はにたりと口の端をつり上げて、「だから」と先を継いだ。 「出るんだよ」  途端、幼馴染組の表情が一様に変わる。 「は、はは」乾いた笑いを洩らすクレテス。「幽霊なんて、恐がりの人間が木か何かを見間違えたって説がほとんどだ。無い無い」 「神様神様聖王ヨシュア様」早口で唱えながら、回復魔法を行使する杖にすがるロッテ。「どうか彷徨える魂を天上(ヴァルハラ)へお導きください」  友人達の反応を、にやにや笑いながら見ていたリタは、残る一人の様子をうかがおうとこうべを巡らせ、眉を跳ね上げた。 「出る」エステルは翠の瞳をきょとんとみはり、小首を傾げる。 「魔族の残党が、とかですか?」  少女のすっとぼけた回答に、リタは期待を裏切られた子供のように、がっくり肩を落とした。 「何だよ、エステルが一番怖がるかと思ったのに」 「それは、私達だけで魔族に出くわしたら、勝てるかどうかわからないので、怖いですけれども」  的外れな見解に、クレテスとロッテも毒気を抜かれたのだろう。ほっと溜息をつく。 「だよな。死んだ奴より生きてる奴の方がよっぽど怖いぜ」 「そ、そうよね。倒せるものね。生きてるひとは」 「ったく」リタは空いている手でがりがりと頭をかく。「肝試しにならないじゃあないか」  と。 「おやおや、子供達だけで肝試したあ、危ない遊びをするもんだ」  闇の中から引きつれた笑いが聞こえて、エステル、クレテス、リタはロッテを背後にかばって、即座に各々の武器を構える。  褐色の肌と黒髪、尖った耳介。魔族の特徴そのものを帯びた、中肉中背の男が、へらりとした笑いを浮かべ、両手に短剣を握っていた。 「まだ乳臭いが、女は売り飛ばせば金になる。男は身ぐるみ剥いで、岩石砂漠に捨ててこよ……う、か」  物騒な口上を述べる魔族はしかし、その途中で表情を凍らせた。黒い目を真ん丸く見開き、しまいにはがたがた震え出したかと思うと。 「ひいいいい!! 成仏してくれえええええ!!」  と、短剣を投げ出して、脱兎のごとく逃げ去ったのである。  何が起きたのか。ぽかんと立ち尽くすエステル達の背後に、人が立つ気配がする。 「エステル様」  エステルの叔父アルフレッド・マリオスは、聖剣を右手に帯びた状態のまま、子供達を険しい眼差しで見下ろしてきた。 「帝国の支配から解放されたとはいえ、この辺りの治安はまだ良くありません。こんな夜更けに少人数で無闇に出歩かないでください」  元グランディア聖剣士の威圧感に、少年少女は顔を見合わせ、 (これは、幽霊よりも魔族よりも怖い、お説教が待っていそうだ)  と、肩をすくめるのであった。  尚、余談だが。  この地方に魔族の残党が隠れ住んでいるのは、事実である。魔族支配の時代が終わった時、北方ニヴルヘルへ逃れ損ねた一族が隠れ村を造り、道行く旅人を襲って生き長らえてきたのだ。  そのひとりが、今夜の獲物を狙って意気揚々と出ていったのだが、凄まじく怯えきった様子で逃げ帰ってきた。  余裕も武器も失くした彼が、震え上がりながら仲間達に弁明したところは、 『銀色に輝く剣を持つ剣士の幽霊がガキどもの背後に現れて、殺す気満々の瞳でこちらに近づいてきた』  との事だった。  勿論、彼が笑いものにされたのは、言うまでも無い。
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