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れ:零下の朝に
とある冬の朝。
「雪だー!!」
リタが歓声をあげながら、新雪の積もったトルヴェール村の広場へ駆けてゆく。
「まったく、まあ、元気なこった」
その背中を見送る面子の中で、最初に呆れた声を洩らしたのは、リカルドだった。首の後ろをがりがりかいて、白い溜息を吐く。
「大体、雪なんて珍しくも何ともないだろ」
「そこ、男子二人! 何言ってんの!」
クレテスも肩をすくめると、リタはきっとした表情で振り返り、少年達を群青色の瞳で睨みつける。
「今年の初雪だぞ! やることといえば、そう、唯一つ!」
拳を空に向けて突き上げ、少女は堂々と宣う。
「雪合戦だ!」
「リタらしい発想ではあるな」
「私、物凄い着込んできちゃったんだけど……」
ユウェイン、ロッテのサヴァー兄妹が、兄は声を抑えてくつくつ笑い、妹はもこもこのコートの前を合わせ直す。
「大体、雪合戦って何なの」リタの従姉のラケが、ゆるゆると首を横に振る。「皆で訓練だって言うから、ついてきてみれば。私達はもう、遊び回るような歳じゃあないのよ」
「いや、リタの言う事にも一理ある」
意外にもリタの発案を支持したのは、こういうことには大真面目に反対しそうなケヒトであった。
「雪玉を作り投げる速さは、反射神経が求められるし、それを回避するのも、飛び道具を避ける訓練になる」
「兄貴、リタを肯定しないでくれ。調子に乗る」
クレテスががっくりと脱力するが。
「ええと」
最後のだめ押しの意見を放ったのは、それまで黙っていたエステルだった。
「雪合戦、楽しそうですし。久しぶりに皆で遊ぶのも良いかもしれません」
あまり積極的に発言する方ではないエステルだが、何故か彼女の言葉には、人を動かす力がある。その由来を、この場にいる子供達の、半数は知っていて、半数は知らない。しかし今、この場にいる幼馴染一同をその気にするには、充分すぎる効力を持っていたようだ。
「まあ、エステルが言うなら」クレテスが、ばつが悪そうに視線を逸らし。
「私は見学、ってわけにもいかないかな」ロッテがコートの可動域を確かめ直して。
「何よ、一人だけ年上面できないじゃないの」ラケは大きく息を吐く。
「よっし、決まり!」
リタが両手を打ち合わせ、早速足元の雪をすくって、ぎゅうぎゅうに固める。
「待てリタ。君が全力で握ったら、雪玉ではなく石玉の固さになる」
「お、それいいな。石入れるか石」
「死人が出そうな遊び方はやめよう」
ユウェインの制止をよそに、リカルドはこきぽき拳を鳴らし、ケヒトは真顔で言いつつも、既に雪玉の作成に取りかかっている。
「男子対女子でいいかしら」
「手加減はしないですよ」
「皆、私が治せるくらいの怪我に留めてね」
腹をくくったラケが腰に手を当て不敵に笑めば、エステルはぽやんぽやんした笑顔で強気な発言をし、ロッテが神妙な表情で言い含める。
かくして始まった、トルヴェールの雪合戦は、色々思うところがあって全力を出し切れなかった男性陣が大敗。
石を込めている間にリタの超硬質雪玉を喰らったリカルドは早々にダウン。ケヒトとユウェインは避けるばかりでなかなか攻勢に転じないまま服の中にめちゃくちゃ雪を突っ込まれ。エステルの雪玉を顔面でまともに受けたクレテスは、
「それでもいい」
と言い残してひっくり返った。
それはとある冬の朝。
まだ子供達が、子供達であることを許されていた頃の話。
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