ろ:ロングロード

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ろ:ロングロード

 やっと、この時が来た。  元グランディア王国副騎士団長シャンクス・キルギスタは、グランディア帝国皇城アガートラムの、白亜の壁を見上げながら、これまでの道程を回顧していた。  忘れもしない、聖王暦二八二年の二月。遠征先で逆賊に奇襲を受けた際、騎士団長ランドール将軍に、生き残った兵を率いてアガートラムへ戻るように言い渡された。 「嫌です! 俺もここに残って将軍と共に戦います!」  周囲の寒さも吹き飛ばしそうな、若さゆえの熱気を込めて、槍を握り直すシャンクスに、「駄目だ」と騎士団長は青い瞳で鋭く睨んできた。 「この反乱は仕組まれたものだった。恐らく、我々を殲滅させるだけの戦力が相手にはある」  得物を手に、幻鳥(ガルーダ)の背に乗るランドールは、声色はあくまで平坦に、残酷な結論を吐き出す。 「騎士団の主戦力を削ぐのが目的だったとしたら、アガートラムでも異変が起きている可能性が高い。これはそれを見抜けなかった私の落ち度だ。私が殿(しんがり)を務める」 「しかし!」  それでは、尊敬する団長を見殺しにするようなものだ。それでも、ランドールは、諦観も絶望も宿さない、ただただ冷静な眼差しを部下に向けてきた。 「シャンクス。人には役割がある」  教師が生徒に教えるように、彼は語った。 「生きて、志を繋げる者。命を懸けて、彼らを生かす者。私達の役割は、わかるな」  生憎、シャンクスは頭の悪い人間ではない。むしろ、聡明すぎた故に、二十歳にして副騎士団長の座に収まったのだ。上司の意図は、胸を引き裂く痛みを伴うほどに、理解できる。  一瞬うつむいて、きつく唇を噛み締める。しかし、彼はすぐに面を上げると、騎士の顔立ちで、敬礼をしてみせる。 「どうか、ご武運を」  これが騎士団長と副騎士団長の最後の会話になる。その確率に気づいていながら、言わずにはいられなかった。  ランドールがほんの少しだけ相好を崩した。儚い笑みを残し、幻鳥が灰色の空に舞い上がる。  もうすぐ雪が降るだろう。その前に、アガートラムに帰り着かねばならない。馬が足を取られて、走れなくなる前に。 「総員撤退! 王都を目指せ!」  シャンクスは浮き足立つ部下達に向かって叫ぶと、自らも愛馬に鐙をくれて、勢い良く駆け出した。  そこからは、屈辱の日々だった。  政権を掌握した反逆者には『負け犬』と蔑まされて、反乱の制圧や魔物の戦闘実験などの汚れ役を請け負わされた。  旧王国を愛する人々には、『売国奴』と罵られ、城下を歩けば石を投げつけられることもあった。  それでも。  二八二年のあの日、生まれて間もない王女を連れて国を逃れたはずの同志達から連絡が届いた時には、目の奥から溢れてくる熱いものをぐっとこらえて、あの日のランドール将軍のように、あくまで平静を保って、話を聞いた。  そして今。  女王の忘れ形見は、遠くムスペルヘイムで兵を挙げた。  グランディアに辿り着くまでは、長い道程だろう。だが、『優女王』と『最後の幻鳥騎士(ガルーダナイト)』の娘である彼女ならば、きっと困難を乗り越えて、ここまで来てくれるに違い無い。  それまでに、シャンクスにできるのは、立場が逆転した『反逆者』であることを悟られずに立ち回り、彼女がやってくるまでに舞台を整えておくことだ。  英雄となるべき少女が、気の遠くなるような道の果てに、真の英雄として立てるように。  その為に、地に這いつくばり、支配者の靴を舐めてでも、耐え抜かねばならない。 「ミスティ女王陛下、ランドール将軍」  敬愛した二人がバルコニーに立つ姿を幻視しながら、シャンクスは呟く。 「必ず、勝利を我らの手に」
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