お:男なら筋肉祭

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お:男なら筋肉祭

「男なら筋肉だ!」 「また何か変な本読んだろお前」  トルヴェール村の子供達の訓練場になっている広場にて。ぐっと顔の前で拳を握り締める、ガキ大将のマイスに対し、クレテスは腰に手を当て深々と溜息をついた。 「変な本たあ何だ、変な本たあ! アルフヘイムからの行商人が、今、大陸で大流行の健康法を記した一冊だって持ち込んできたんだぜ!」 「戦争中で情報も分断されてる大陸で、どうしたら大流行ってわかるんだよ」  蒼い瞳を呆れ気味に細めても、相手が怯む事は無い。マイスはクレテスと同年代の子供達の中で、戦力的にも心理的にも対等に渡り合える、唯一の相手だ。その逆も然りであるのだが。 「筋肉をつければ、喧嘩に負けやしねえし、女の子にもモテモテ!」 「お前の真の狙いは後者だな?」 「どっちでもいいだろ、とにかくだ!」  クレテスより頭半分以上大きい少年は、こきぽきと拳を鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべる。 「俺様がこの村で一番って証明する為に、大人しく筋肉祭の栄えある犠牲者第一号となりやがれ!」  しゅっと呼気を吐いて、大きな拳が繰り出される。クレテスはそれが顔面にめり込む寸前まで動かなかったが、不意に身を沈めた。渾身の一撃が空を切ってたたらを踏むマイスの腕を取り、相手の踏み込んでくる勢いを利用して、背負い投げ。マイスの大柄な身体は、どだあん! とかなり痛そうな音を立てて地面に叩きつけられる。周りの少年達よりやや小柄なクレテスが努力で身につけた、自分より体格の大きい相手をいなす方法だった。  マイスは地面に大の字にひっくり返り、信じられない、といった吃驚(きっきょう)を顔に満たして虚空を見つめている。 「犠牲者第一号、おめでとさん」 「解せねえ!」  クレテスが目を細めて拍手を送ると、ガキ大将の矜持か、マイスはすぐさま跳ね起きて、ぐわしとこちらの両肩をつかんできた。 「もう一度勝負すれば負けね……っていうかお前、なんだこの肩の筋肉!? 俺様より小さいくせに、あっなんか腕もガチガチ!」  それは当たり前だ。周囲より小柄な分、力を補うには、身体の密度を高めて膂力を得るしか無い。マイスの筋肉祭が始まる遙かに前から、クレテスは必死に身体を鍛えてきたのだ。 「もしかしてお前、腹も割れてんのか? ちょっと見せ」「やめろ」  服を脱がされそうになったので、相手の腕をつかんで押し退ける。その程度の力に負けた事も、マイスの自尊心を大きく傷つけたようだ。 「ち、畜生!」  マイスは心底悔しそうな顔で、びっとクレテスの鼻先に指を突きつける。 「絶対筋肉つけて、お前を這いつくばらせて、『申し訳ございませんでしたマイス様』って言わせてやるからな! 覚えてやがれ!」  敗者のお約束な台詞を吐いて、ガキ大将は走り去る。 「忘れる」  もう相手には見えないとわかっていながら、クレテスは面倒臭そうに手を振った。  このたった数日後、もう二度と筋肉祭が開催されなくなる事件が起きると、少年達はまだ知らぬままで。
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