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く:くりまんじゃろとの遭遇
「何だ、これ」
「お菓子……のように見えますね」
「いや、こんなところに菓子が落ちてるっての、怪しさ全開すぎるだろ」
「触らない方が、いいかな」
クレテス、エステル、リタ、ロッテの幼馴染四人組は、今日も今日とて訓練を兼ねた狩りに、トルヴェール村の裏山へ来ていた。
そこで謎の物体を見つけたのである。
美味しそうな焼き色のついた、半円状の物体。そう、それは物体である。エステルが言った通り、恐らく菓子だ。
だが何故、村の人間以外入らないような山中に、菓子がひとつぽつんと落ちているのか。
「ここまで帝国兵が来て、兵糧を落としていった、とか、そういう話じゃなけりゃいいんだけどな」
とりあえず裂いて中身を確認しようと、クレテスが腰の剣を鞘から抜いて、菓子に突きつけた、その時。
菓子に、にょきっと手足が生えて。
ぱちっと半円形の目が開いて。
「うゆ~っ!」
とやたら可愛い声をあげながら、『それ』はずざざーっと向こうの木の陰まで後退った。
「うわあああああっ!?」
「えええええっ!?」
「きゃーっ! きゃーっ!」
「な、何だーっ!?」
少年少女達も、予想外の展開に、めいめいに悲鳴を迸らせながら逆側へ飛び退る。
「うっ、うゆ~~~……」
木の幹の後ろに隠れた、動く菓子(仮)が、警戒しながら半分顔を出す。いや、そもそも顔のある部分が胴体を兼ねているので、身体半分が見えている事になるのだが。
「なっ、何だお前!?」
未知との遭遇で、驚きのあまり裏返った声になってしまったクレテスが、女子三人をかばうように立って、油断無く菓子(仮)に剣を向ける。
菓子(仮)はしばらく「うゆう~……」と困り果てた声を零して考え込んでいるようだった。が、不意に、どこからともなく取り出した長方形の板に、何やらスッスと触れて、それを頭上に掲げながら一歩一歩近づいてくる。そこには、シャングリアの共通言語で、言葉が綴られていた。
拝啓
突然驚かせてしまい、大変申し訳御座いません。
わたくしは、F78星雲からやってきました、くりまんじゅう型宇宙人『くりまんじゃろ』と申します。
決して怪しい者では御座いませんので、何卒剣をお納めくださいませ。
かしこ
少年少女はぽかんとした顔を見合わせる。
「くりまんじゃろ」ロッテが、頬に手を当てて菓子(仮)の名を反芻する。
「まんじゅう……聞いた事はあるな」リタが腕を組み明後日の方向を見やる。「東の大陸のジャオウって国の名産だよ。皮の中に餡子を包み込むんだってさ」
「じゃあ、こいつの中も餡子ってのが詰まってるのか?」
クレテスが剣をぶらぶら振りくりまんじゃろを指し示すと、彼女(?)は「うゆっ」と少々びくついた様子で、二歩ほど引き下がる。
「あっ、クレテス。ほら、くりまんじゃろさんが怖がっているじゃありませんか。剣を納めてください」
「お前何で既に順応してるわけ? 普通警戒するだろこれ」
剣を持つ腕に手をかけるエステルに、クレテスが唖然とした表情を向ける。「だって」と少女は口元に拳を当てて、やんわりと微笑んだ。
「くりまんじゃろさんは怪しい者ではないとおっしゃってますし、こんな帝国兵がいるとは思えませんし。あっあと、順応の速さは主人公補正ですかね」
「いくら異聞録だからってメタネタ持ち出したらダメだろ!!」
謎のやり取りを交わした後、クレテスはしぶしぶ剣を鞘に仕舞う。脅威が去って安心したのか、くりまんじゃろは「うゆっ、うゆうゆうゆ~」と、先程までより警戒を解いた笑顔(常に口が笑いの形なので、差はよくわからない)で、長方形の板に新たな文字を表示しながら近づいてくる。
わたくし達は、実地研修として宇宙の様々な星を旅して回っております。
本来ならば、一夜のお宿をお借りして、皆様のお話をゆっくりお聞きしたいです。
しかしながら、この大陸は現在、帝国が支配して各地が戦乱に塗れており、ゆっくりとお話を伺えない状況のご様子。
ですので、ここで皆様にお会いしたのも何かの縁。
皆様からこの場でお話をお聞きしても宜しいでしょうか。
「話、ねえ」リタが隣のロッテを見やり。
「村からほとんど出ないから、大陸情勢がはっきり説明できるわけじゃあないし」小柄なロッテは眉を垂れて更に隣のエステルを見上げ。
「お話ができないなら、普段の私達の様子をお見せすれば良いかしら」
エステルに倣って女子三人が、少年一人に視線を集中させる。
「……何でおれを見るんだよお前ら」
「貴方が一番乗り気ではなさそうなので」
眉根を寄せるクレテスに、エステルがあっけらかんと告げると、少年の眉間の皺が一際深くなった気がした。
「あーもう、やればいいんだろ、やれば」
エステルの言い分に観念したか、クレテスがひらひらと手を振る。
「まんじゅうが狩りなんて見た事無いだろ。存分に披露してやるさ」
そこからは、少年少女の腕の見せ所だった。
「――いた」
獣道の足跡を辿って、水場で喉を潤している鹿を見つけ、リタが鋭く囁く。魔法を使う媒体になる杖を握り締めたロッテが、相手の速度を下げる魔法を小声で放つと、鹿は異変に気づいたか顔を上げたが、時既に遅し。見えない重石はその脚に絡みつき、俊足を封じる。
「行くぞ!」「はい!」「うっゆー!!」
クレテスが声をあげると、エステルと、その肩に乗ったくりまんじゃろが応える。前後を挟まれた獲物は逃げる事かなわず、呆気なく仕留められた。
「いっちょあがり」
クレテスが得意気に胸を張り、剣についた血を払って鞘に納める。
「これを村に持ち帰って、後で血を抜いて、美味しい鹿鍋にするんです」
「うゆう~」
エステルの説明に、くりまんじゃろは感心しきった様子で、転がり落ちそうなくらいにうなずき、『たぶれっと』とやらいう長方形の板に、また手(?)を滑らせる。
わたくし達の星は、植物由来の栄養食が主流で、動物の肉を蛋白源とする習慣が御座いません。
狩りと云う行為も、肉鍋の存在も、非常に新鮮なものであります。
「……まあ、この剣を抜くのが、狩りだけで終わればいいんだろうけど」
クレテスが腕組みし、深い蒼の瞳を細める。
「呑気に鹿だけ狩ってりゃ良いわけにもいかないからな」
そう。今はまだ、少年少女は「まだその時ではない」と、村を出る事を許されない。だが、彼らの兄や従姉ら年上組は、村を出て、帝国の大陸支配の現状を探っているのだ。そこで聞く話は、決して穏やかなものではない。恐怖支配により人々は搾取され、命さえ簡単に奪われる。
皆様も、いずれは戦いに?
「そう、ですね」
くりまんじゃろの問いかけに、エステルがぽつりと答える。
「大陸の惨状を放ってはおけません。いつかは、私達も村の外に出て、帝国に立ち向かう道を歩むでしょう」
「うゆう~……」
くりまんじゃろは力無く鳴き、無言で『たぶれっと』に文字を走らせる。
わたくし達の星でも、今の体系が整うまでに、幾多の戦いが有ったと伝わっております。
安寧を得るまでは、悲しき戦いが繰り返される事と思います。
が、どうか、皆様の行く先に、平和な時代が有る事を、お祈り申し上げます。
そして彼女(?)が「うっゆー!」と空に向かって声をあげると、これまた謎の円盤が空を飛んできて、一行の前に降り立った。くりまんじゃろが、十匹くらいは入れそうなそれに乗り込み、「うゆっ、うゆっ」と箱を抱えながら出てくる。
本日お相手をして下さったお礼の、くりまんじゅう詰め合わせセットです。
色んな味が楽しめる上に、一ヶ月は保存がききます。
どうぞ、村の皆様とご一緒にご賞味ください。
「あ、はい。ありがとうございます」
「まんじゅうがまんじゅう出してくるとか、共食いじゃん?」
エステルが箱を受け取るのを横目に、リタが首を傾げる。言われ慣れているのか、くりまんじゅうはその言葉にぴきゃぴきゃぴきゃ、と笑い転げる。
本日は誠に有難う御座いました。
皆様のご無事をお祈り申し上げます。
「うゆ~!」
短い手を振り振り、くりまんじゃろが円盤の中へ消えてゆく。そうして、円盤は色とりどりの光を放ってふうっと浮き上がると、あっという間に空の彼方へ消えた。
「………………」
少年少女は、四者四様の表情でそれを見送る。
「これ」くりまんじゃろが去った空から最初に視線を剥がしたのは、エステルだった。手元のくりまんじゅう詰め合わせセットを見下ろす。「どうしましょうか」
「アルフさんに話しても、信じてもらえそうにないしなあ」
「でも、捨てるのは勿体無いよ!」
リタが至極真っ当な意見を述べ、ロッテは引っ込み思案な彼女にしては、必死に主張する。
「そのまま言って、皆で食うしか無いんじゃないか?」
「……ですよね」
クレテスの意見に、エステルもこくりと首を上下させるしか無かった。
かくして、鹿とくりまんじゅう詰め合わせセットを持ち帰ったエステルの説明に、叔父のアルフレッドが大変珍しく、
「この方が何をおっしゃっているのかわからない」
という唖然とした表情を見せたのは、言うまでも無い話であった。
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