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「チェス、か……」
踵を鳴らして歩きながら、瑞垣は小さく独りごちる。
囲碁は好きだが、将棋は並べ方程度しか、と言っていた。
しかし始めてみると、その賢さと覚えの良さは並大抵でなく、しかもあの遊戯に必要な思考に優れているのだろう、あっと言う間に呑み込んで仕舞った。
彼はそれまで相対した誰より機を見るに敏で、的確に駒を切った。
手妻のように刹那に切り替わる動と静、嘘と誠。
瑞垣とて元は手慰み程度のものだったが、彼と指すようになって、辞められなくなった。対局の愉悦は、酒や色街より余程魅力的だったのだ。
其れは其れは 蠱惑的な 遊戯
他には知らない。
チェスが得意な日本人は。
上海に派遣されてくるような同窓の外交官は。
彼の他に、居るわけがなかった。
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