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知らず、早足になる。
靴音が高く跳ねる。
鮮やかな記憶の断片は、儚く、厳しい。
何より真に恐ろしいのは、彼の人の冷徹と、虚構を見抜く眼差しだった。
いつの間にか辿り着いたカフェーの、暗褐色の扉と日に焼けた看板。
瑞垣は外灯がゆらゆらと揺れるのを見上げながら、ひとつ息を吸い込む。日が暮れたばかりで、活況を呈するにはまだ早いが、しかし若しかしたら…
否、必ず。
彼が居るはずだった。
このドアを開けた瞬間が、最後のゲームの始まりだった。
部屋の奥、ぼんやりとした暗がりで、小柄な人影が動いた。
テーブルに広げられた白と黒の盤と駒と、その後ろに居た男が洋燈の灯りに浮かび上がる。
濃紺の三つ揃いと芥子色のネクタイを生真面目に着こなした『彼』の、真っ直ぐ此方を見返す黒い、
くろい瞳が…
瑞垣は一寸、唇を舐めた。
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