上海狂詩曲

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 妓楼に売り飛ばされた田舎娘みたような街だ、とは誰の戯れ言だったか。  瑞垣は乾いた風に目を眇めながら、目の前に立ち現れる外灘の街と向き合った。  阿片戦争終結後、南京条約によって列強に開かれた街には、見る間に各国の租界が形成された。租界、つまり外国人居留地には治外法権が認められ、列強の膨大な資本が注ぎ込まれて肥大化していくうち、各国が牽制しあった結果、絶妙な均衡が保たれるに至った。  また西洋と東洋の文化が混じり合い、一種独特な空間が生まれる。近代的で煌びやかなビル群、南京路には路面電車、人力車が行き交い、自動車さえも珍しいものではない。  一方、阿片を始めとする麻薬は日常と化し、酒場やカジノ、妓楼も立ち並ぶ。だのに治安は比較的安定し、人々の自由は保障されており、街には人が溢れた。   確かに、無理に蹂躙された挙げ句、妓楼の水と金に慣れ、高級娼婦としてのし上がっていく女にも見えた。  美しく哀れで、強欲なおんな。  その繁栄ぶりは「東洋の巴里」と称されていたが、僅かの間に築かれた異形の街である。何れにせよその地位は悪辣な男、謀略と暴力によってもたらされたもので、砂上の楼閣だった。  危うい足下と反比例するように、この街は隆盛を極めた。  自由の気風が何より重んじられ、個人が己の才覚で生き抜く街。  そうして、上海はある種の畏怖を込めて『魔都』とも呼ばれていた。  だが元が娘だったのなら、それは魔女に違いない、と。  瑞垣は口の中で呟いた。
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