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リビングの天井あたりにお香の煙が漂いはじめると、「ママなんのにおい?」と、娘の愛海が顔をのぞかせた。昼寝をしていたのか、小さな手の甲で目をこすっている。
愛海は、目を閉じて呪文を唱える摩莉子に、怯えた目を向けた。
恵が歩み寄り、
「まなちゃん、もうちょっとお部屋で遊んでて」と、子ども部屋に連れていった。
恵がリビングに戻り摩莉子の対面に座ると、霊視を終えた摩莉子は、「辻本課長、驚かないでくださいね」と、断りをいれた。
摩莉子の深刻な表情に、恵は緊張したように背筋を伸ばした。
「ふつう、呪いに対しては、呪詛返しをします。呪った相手に呪いを返すんです」
「じゅそ、がえし……」
「はい。辻本課長にかかって威力が増した呪いを、相手に返すんです。課長を呪った相手は、辻本課長よりも酷いダメージを受けます。場合によっては、命にかかわることもあります」
「命に……そんなに……」
「自分に呪いをかけた相手に対する、怨みや憎悪の念も加わるから、強力です。呪詛を返せば、辻本課長に取り憑いた呪いも切れて、相手にも仕返しができます。ただ……今回は、呪詛返しはせずに、呪いを払うだけにしましょう」
「え?」恵が、訝しげな目で摩利子を見る。
「辻本課長、冷静に聞いてくださいね」
恵が微かにうなずき、こくりと唾をのむ。
「呪いをかけたのは……あなたの、娘さんです」
恵は口元を両手で覆い、目を丸くする。
「愛海が……?」
恵は思わず子ども部屋の方を見やり、摩莉子に向き直ると、声を落としていった。
「でも、そうだとしたら、なんで愛海が……」
「それは、まなみちゃんに訊いてみないと……」
「環さんを疑うつもりじゃないけど、本当に、娘なんですか? まだ四歳なのよ」
摩莉子が頷く。
「残念ながら、さっきお顔見ましたけど、私が霊視したのと同じお子さんでした。でも、ちいさな子どもを問い詰めるようなことはしたくない、お気持ちはわかります」
恵は思いあぐねるように、うつむいたまま口元を両手で覆っていたが、意を決したように顔を上げ、
「愛海を呼んできます」と、いった。
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