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 それから三週間ほど経ったある日、摩莉子は恵に誘われて、会社近くのカフェにランチに行った。  店員がテーブルに、食後の飲み物を置いて遠ざかると、恵は周りの目を気にするように摩莉子に顔を寄せ、 「犯人がわかったのよ」と、(ささや)いた。 「え、犯人?」  呪いをかけた犯人は愛海のはずだ。摩莉子は恵に、 「どういうことですか?」と訊きなおした。 「ええ、順を追って話すわね。この前の週末……」  一昨日の土曜日、恵は保育園の保護者会に参加していた。  閉会になり帰ろうとしたとき、下駄箱に入れたはずのパンプスが無くなっていた。ママ友や先生と一緒に三十分ほど探したところ、恵のパンプスは、保育園の建屋の裏にある、ゴミ捨て場に捨てられていたのだ。 「ゴミ箱に捨ててあったんですか?」 「そう、生ごみのなかに突っ込んであって……見たときゾッとしたわ……」 「酷いことしますね……誰がそんなことを……」 「そう思うわよね。それで、靴は拭いて履いて帰ったんだけど、家に着いたころ、ママ友からLINEが来て……結衣奈(ゆいな)ちゃんママが、裏に行くの見たって書いてあって」 「ゆいなちゃんママ……でも、そのLINEくれたママ友も、犯人の可能性ありますよね。濡れ衣着せようって」  恵が二三度うなずき、紅茶を一口飲む。 「私もそう思ったんだけど、愛海にそれとなく、結衣奈ちゃんの話を振ってみたのよ。そしたら……」  恵はマンションに越すまで、近くの公団住宅に住んでいた。ここ数ヶ月は引っ越しの関係で、慌ただしい生活を送っていたのだが、週末など時々、公団の同じ棟の結衣奈ちゃんママに、愛海を預かってもらっていた。結衣奈ちゃんママは、木下登美子(きのしたとみこ)という。  そんなある日、愛海が登美子に、忙しくて構ってくれない恵への不満をこぼすと、登美子が、「じゃあ、ママを懲らしめちゃおう」と言って、愛海におまじないを教えたという。 「おまじない……それですね、呪いの正体は……」 「やっぱりそうよね。それで愛海に、どんなおまじないしたのって訊いたら……」  恵はバッグから、薄汚れた小さな紙片を取り出し、テーブルに置いた。 「見ていいですか?」と摩莉子が、土で汚れた四つ折りの紙を手に取る。紙片を開くと、”ママにバチがあたりますように”と、クレヨンで書いてあった。 「課長、これ湿って土がついてますけど、どこかに埋めてあったんですね?」 「そう……」と恵が、眉根を寄せる。 「近くの神社の境内の、木の根元……お守り袋に入れて埋めてあったのよ」 「課長それ、氏神様の神社ですよ。この紙は、わたしがお(はら)いしておきます」 「環さん、よろしくお願いします。でも、子どものイタズラなのに、そんな効果があるものなの?」 「課長、子どもだからこそ、効力が強いんです。子どもは純粋で疑わないし邪念がないから、念が真っすぐに伝わるんです」 「そうなのね……」 「しかも……」と、摩莉子は伝票を手に取ると裏返し、ボールペンで文字を書き、恵に見せた。 「課長。おまじないは漢字で”お(まじな)い”って書くんです」 「(のろ)い……」そう呟くと、恵は水の入ったグラスを引き寄せ、ごくごくと音を立てて飲んだ。 「そうです。だから、遊び半分でやると、本当に天罰が下りますよ」 「怖いわね……愛海にそれとなく言っておくわ……」 「でも課長、その結衣奈ちゃんママは、なぜ課長のことを?」 「うん……たぶん、(ねた)まれたのかな……」
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