荷づくりは済んでいた

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荷づくりは済んでいた

「まあ何でもいいわ」  急に追及の手が緩んだ。しかし次に 「そう、あの時言ったよね、キミ」  黄身ときたか、ではアナタは白身? 「『お詫びに今度何でも言う事聞くから』って」 「聞いたじゃん、こないださ」 「え? 何を」 「トリひき肉200グラム、急いでお願い、って」 「そのくらいはするんですが、普通のダンナでも」 「か~な~り、急いだんですけどねえ」  その言い方に、由利香がきっとなった。 「決めた」  仁王立ちになって、腰に手を当てたポーズで言い放つ。 「このお休みのうち、三日間、タカさんに主夫してもらいます」 「えええっ?」  彼も焦って跳ね起きた。情けないことに声も裏返る。 「無理でしょう、ムリムリ。できない」 「できない、じゃあないの」  言い方は優しい、でも、かつての彼の上司より百倍もコワい。 「やるのよ、アナタはやらざるを得ない。リアルに主夫を体験して」  そう言い残し、さっさと部屋から出て行った。  マサ、だったかトシだったかどちらかの小僧のオムツは外れたままだ。 「おい待てよ」あわてて追いかける。「冗談だろ?」 「あのね……」  玄関近くにいた由利香はなんと言うことか、すでに荷造りの済んだ小ぶりのボストンバッグを下げている。 「ワタシ、実家に出かけてくるから」 「どういうことだよ」  由利香の目がわずかに弱気な感じになった。0コンマ2くらい。  しかし急に事務的な口ぶりに戻って、こう言った。 「電話があってね、今朝、お母さんが入院したの」  そんな大事なことを黙ってたのか。  貴生は由利香のバッグを取り上げようとした。 「だったらみんなで行かなきゃ、支度すぐしてさ」 「持病だから……たいしたことはないのよ、でも二日くらいは病院に誰かついていてやらなくちゃ」  そう言いながら、意外にも由利香は彼の出した手をよけてバッグを後ろにかくす。 「たまには、ワタシにも一人になる時間をちょうだい」 「だめだ、許さん」強く言ってみた。  由利香はやさしく微笑んでから、 「じゃあ、行ってくるから」  しかし足取りは軽く、去っていった。  ぱたん、彼の鼻先で玄関のドアが閉まる。 「あ、そういうコトじゃなくてさ」  はだしのまま、彼は玄関先に飛び出した。  許さん、じゃあない、そういう時こそ家族の支えだろ? 頼ってくれよ、と言いたかったはずだ。  閉まったドアの前で呆然と佇む。  いや、やはり一人で行ってよかったんだ。唇をかんで思い直す。  オレと子ども三人がついて行けば、結局また彼女は母親の看病に集中できないのではないだろうか。  傍にいれば、子どもだって頼りにしてしまうだろう。 「やはりオレが家にいて、子どもらを守らねば」  
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