衝撃てれほん

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衝撃てれほん

 ベビー用タンスを漁って、どうにかふた組の服を探し出してきた。  オムツ一丁ですでにおもちゃで遊んでいた二人に、次々と服を着せていく。  外に出るわけではないので、あまり厚着にしなくてもいいだろう。短いスパッツもはかせて、どうにかその辺にふつうにいる、ふつうの赤子らしくなった。  洗剤をつけて、先ほどのダイベン事故現場をもう一度よく拭いておく。  少し染みになったかも。下は子ども用敷布団にカバーがかけてあったので、カバーだけ剥がして洗濯機に。  汚れた服からタオルから、あとで由利香に洗ってもらおう。  そう思ってから、ぞっとする。  あと二日はオレ一人じゃん。つまりオレが洗うってことじゃん? 「くっそー」  二人の遊んでいる傍らに、どさっと身を投げ出す。 「すでに疲れた」ひとり空しくつぶやいてみた。  双子は、彼のことを新しいオモチャだと思ったらしく、一人が背中によじのぼり、もう一人は頭の上に身を投げ出してきた。  眼鏡がほしいらしく、脇から引っ張っている。 「こら、ええと」ちらっと見たが、もうどちらでもいい。  眼鏡を外して、目をつぶる。外した眼鏡を一人がずっと追い求めていた。 「だめだめ」  声にも力が入らない。やばい、眠くなってきた。  電話が鳴った。目を開けてみた。すでに正午を回っている。  しかたなく、起き上がった。  出ようかどうしようか迷いながら電話のディスプレイをみて、ぎょっとした。  まどかの幼稚園からだ。 「あ、椎名さんのお宅でしょうか」  妙に改まった声。そうだろう、オレが家の電話に出ることはめったにない。 「はあ」 「くるみ幼稚園のクメタと申します」  まどかの担任ではない。多分主任の先生だ。年配の、落ち着いた感じがする。 「お母様は」オレじゃあ、役に立たないのかよ、と思いつつ 「すみません、急用で出ましたが何か」  と聞いてみる。  答えは衝撃以外の何物でもなかった。 「あの、今日半日とお伝えしてありましたが……お迎えがまだかな、と」 「ひえっ」思わず悲鳴がもれる。 「11時半までに、とお伝えしてあって、まだおいでにならなかったものですから」 「すみません、すぐ伺います」  あわてて電話を切る。が、ふと気づく驚愕の事実。 ―― この二人の小僧をどうすればいい?  幼稚園までは歩いて15分程度。だらだらと坂を下っていって、商店街を通り抜け、少し路地に入って大きな公園を通り抜けてその先だ。  口で言うのは簡単だが、まさか二人の赤子だけを置いて行くわけにはなるまい。  車で行くしかなさそうだ。  二人がキゲンよく遊んでいるのをいいことに、そっと外に出て車庫まで向かう。  このところ、ほとんど使っていないステップワゴン。エンジンは一発でかかった。  後ろの席を確認。チャイルドシートもよし。あわてて家に戻り、二人を抱き抱えるようにまた車まで戻る。  チャイルドシートに座らせてベルトで固定すると、二人はどこかに出かけるというのが分かったらしく、大はしゃぎ。手足をばたつかせて笑っている。  車で5分も走ると、幼稚園がみえた。前の駐車場はガラ空き。そうだろう、もう営業時間は終わっている。彼はできるだけ園舎に近い場所に車を停めると、エンジンはかけたままで車から降り、走って建物へと向かった。  まどかは、担任のミカ先生と折り紙をしている最中だった。 「すみません」  彼がおそるおそる顔をのぞかせると、ぱっとこちらをふり向いて、あっ、パパだと大きな声で叫んだ。 「今ね、ミカ先生にツルの折り方ならってたんだ」  遅かったね、とも言われずに済んでほっとした。  先生も「よかったね、パパ来てくれて」とニコニコしている。そこに電話をくれたらしい主任がのぞいた。「椎名さんですか」商売柄穏やかな表情だが、目が笑っていない。  彼は言い訳がましいかと思ったが 「すみません……カミサンに急用ができて」  ペコペコと頭を下げる。冷や汗が出てきた。  まだ何か言い足そうと思ったが、急に車に残してきた双子のことを思い出し 「すみません、小僧が車に乗ってるので」ペコペコしながらもまどかの手をひいて、主任と 担任が見守る中、逃げるように足早に車に戻って行った。
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