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ドクを食べよう
帰る途中、まどかからこう訊ねられた。
「ねえ、おひるごはんなに?」
昼飯を用意していないのに気づき、気が遠くなりかける。
「ええとね……」
―― 少し先に弁当屋があったな。
「ホットパックのおべんとう」
「やったぁ」
まどかは小さくガッツポーズする。それから少し声をひそめた。
「ママがね、あそこのおべんとうは子どもにドクだって」
「いいんだ」
ちょっと、由利香に復讐してやりたくなった。
「今日は一緒にドクを食べよう」
「ふふふ」まどかは口を押さえてませたように笑っている。それから急に
「ママ、急におでかけしたの?」
と聞いてきた。
先生から聞いたらしい。
「どこ行ったの?」
「桶川のおばあちゃんのところ」
もう少し説明した方がいいかと思い
「おばあちゃん、ちょっと具合悪くて病院に行ったんだって。だからママ、あっちにお泊りするって」
「お泊り?」
まどかは急に不安げな顔になった。
パパのお泊りは日常茶飯事だが、ママのお泊りなんて、考えたこともなかったらしい。
「いつ帰ってくる?」
「二つ寝たら、帰ってくるよ」たぶんね、の言葉を心に呑みこんで頭を撫でてやる。
「だいじょうぶ、パパがまどかたちとずっと一緒にいるから」
しかしまどかは、不安げな顔のままだった。
弁当屋は、駐車場が少し離れていた。子どもだけ置いておくのも心配で、彼は店先の路肩に車を寄せ、ここもあわてて店内に入る。
「っらっしゃいませえ」
選んでいる余裕もない。
「ハンバーグ弁当1つ、トリカラ弁当1つ、それとグラタン……3つね」
「少しお時間いただきますが、よろしいですか?」
「えっ」
そうだ、弁当屋というのは急いでいる時に限って時間がかかる。
「何分くらい?」
「5分か10分くらい」
「うーん」
仕方ない。
「コドモがいるんで、駐車場で一緒に待ってる。できたらケータイに電話くれない?」
「承知しました。ではまずお会計から……」
そそくさと金を払い、携帯の番号をメモして渡してから、またあわてて車に戻る。
駐車場にどうにか車をおさめ、寒いのでエンジンをかけたまま待つ。
まどかが飽きてきた。
「ねえパパ、しりとりしよう」
「えええ」
―― 面倒くせえなあ。
まどかがさっさと先手をとる。「じゃあねえ、しりとりの『り』」
「リカバリーショット」
「なにそれ」
「……やめた。リンゴ」
「ゴリラ、の『ら』」
延々と、しりとりが続く。まどかは案外覚えがよくて、同じ単語が二回でると
「それさっき言ったよ」
と鋭く指摘してくる。
しりとり、更に延々と続くかと思われた。
ところがついに、後ろの小僧たちも動きのない車内に飽きたらしく、ぐずり出した。しかも二人同時。
「ねえ、おべんとまだ?」
まどかも、イラついてきたらしい。「おなかすいた~」
「遅いねえ」
時計を見る。すでに10分は経っている、と思う。
携帯を見るが、着信があった様子もない。
「ちょっと……見てくる」
やや迷ったが「まどか、車の中で待っててくれる?」
ええっ? とまどかが激しく拒否反応をみせた。
「いやだぁ、パパといっしょに行きたい」
「だって赤ちゃんがいるからさあ」
「いや!」
目が届かなくなるのが一番こわい。店先にもう一度停めるか。
「お店の前に車を置けばいいか? 車で待っててくれる?」
まどかは眉をよせて少し考えていた。この顔はまるで由利香だ。
それでもやがて、しぶしぶといったように
「……わかった」
と言ってくれた。
車を動かすと、ぐずり出した小僧どもも急に大人しくなった。
が、店の前に停めるとすぐ身をよじって怒り出した。
「待っててね、すぐ見てくるから」
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