はい、免許証みせて

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はい、免許証みせて

 店内は、先ほどより客が多くなっていた。イライラと待っているらしい数組。更にレジの前に立っている客も二人ほど。奥からお弁当を運んでいた一人が椎名さんに気づいた。 「すみません、ちょっとまだできてなくて」  運んでいるのは、更に彼より前の客のものらしい。 「あとどのくらい」 「もう10分ほど……」  ちらっと奥に目をやって、他のスタッフが忙しそうにしているのを恨めしげにみた。 「ねえカレーまだなの?」座っていた女性客も小刻みに足を動かしている。  それでも3分ほどして、ようやく頼んだものが揃ったらしく、奥のスタッフが、カラアゲとハンバーグの弁当、グラタンに蓋をした。袋に入れようとモタモタしていたので 「いいよじゃあそのままもらってくから、袋はいい」  と声をかける。 「すみません、ええと」 「おいこっちが先だろ?」  レジの所にいるサラリーマンが声を尖らせた。 「子どもが待ってんだよ、ずっと」  主夫・椎名さんも負けていない。 「駐車場で15分は待ってたからな」  さっと受け取ると、相手が何か言い返そうとしているのをしり目に、外に出た。  車を見て心臓が止まりかける。  いつの間にか、パトカーが前についている。警官が二名、車の窓から中を覗いていた。 「あ、アナタの車?」  警官が一人、弁当をあぶなっかしく抱えている彼に向かって無機質な声で問う。 「はあ」  外に出て気づいたが、双子が泣いていた。二人とも。しかも、かなりの激泣きだ。  まどかもシクシク泣いている。タイミング悪いことこの上なしだった。 「アナタのお子さんですか」  もう一人が、非難がましい目を向けた。 「はあ」 「ここ、駐車禁止ですよ」 「さっきまで、駐車場に入れてたんですが……」 「子どもだけ、車の中に置いてたの?」  まるで罪人扱いだ。 「悪いけど、はい、免許証みせて」  とりあえずドアを開け(泣き声ボリュームが十倍アップした)、弁当を助手席の足元に置いてからまどかに 「ごめんもう少し待って」  と声をかけ、尻ポケットから財布を出す。 「これ……」  免許証を警官に渡す直前に気づく。 ―― やべえ、シゴト用の名前のやつだ。 「アオキ・カズハルさん?」 「はい、いや」  冷や汗が噴き出した。何やってるんだ、オレ? 「違うんです、それは違う」  取り返そうとしたが、警官はもちろん返してくれない。  顔写真と目の前の怪しい男を見比べている。 「でも、本人だよね、これ」 「あのですね……ちょっとカミサンが急に出かけて…」 「ちょっと、あちらで話を聞かせてくれる?」  後ろに立っていた警官が一歩前に出る。 「パパ、おうち帰りたい」  まどかがついに、大泣きモードに入った。 「あのですね」椎名さん、手に汗かいてきた。 「それ、シゴトに使うんです、あの……問い合わせていただけませんか? その裏に書いてあると思うんですが」  警官は免許証の裏に記載されている内容を、声に出して読んだ。 「なになに……『エム・アイ・アール……』」 「マイロック、です」 「マイロック?」  警官が二人で顔を見合わせた。一人が少し考えてから、椎名さんに向き直った。 「あの……本当かどうか電話しますが、」  一応、組織の名は知っていたらしい。  しかし全然信じていない顔だった。後ろの警官は早速、携帯を出して書いてある番号に電話している。本当にMIROCにつながるかどうか、ワクワクしているらしい。 「もしもし、私青葉警察署マルカワ交番のシノザキと申しますが……」  もう一人が、子どもらの泣き声にすっかりまいったようにあたりを見回している。  人々が、何ごとかとジロジロと彼らを眺めながら通り過ぎていく。弁当屋の客も店内から何が起こったのか見ているのが分かり、椎名さんはますます冷や汗が噴き出してきた。  シノザキ巡査が 「ちょっと代わって下さい、って」  と渡した携帯をひったくるように、椎名さん電話に出た。 「もしもし、アオキです。というか」 「サンちゃん?」  聞きなれた声がのんびりと響く。 「ハルさん?」  泣けてきた。オレまで泣いたら親子四人泣きだ。 「何してんだよ、休みなのに」  ハルさん、少し言葉を切って 「ずいぶんとにぎやかだねえ」呑気なことを言ってる。 「今度は、何やらかしちゃったワケ?」 「弁当買ってたらさ……またゆっくり話す」 「オクサンは? いないの?」  イヤな所を直球で聞いてくる。 「ちょっとね……まあそれも休み明けにゆっくり」 「ははぁん?」  こういう所は妙に察しのいいオッサン、怪しげな相槌をうった。  警官が差し出す手に電話を返す。  シノザキ巡査はハルさんと何ごとか話をしていたが、ようやく「はい、はい了解しました」と電話を切って、改めてこちらに向き直った。 「すみません……アオキさん、ということで」  もう一人の方をみて 「身元は保証されたから、帰っていただいて大丈夫」  そう言ってくれた。 「路上駐車は、やめてくださいね」  もう一人は、警察らしくそう彼に告げる。 「それと、お子さんだけ車に残して離れないように」 「はあ、すみません」  一応謝った。しかし、コイツら三人、どうやって一緒に外に出せばいいのだ?  ようやく家に帰ることができた。  カーポートに車を収め、後ろを振り返ると、赤子は二人とも泣き疲れて眠っていた。  まどかは指をしゃぶったまま、じっと前を見つめている。 「着いたよ」  声をかけたが、何の返事もない。 「まどか」  何度か呼んだら、ようやく涙目のままこちらを見た。 「ママに、あいたくなっちゃった」 「オレもだよ」大きくため息をついて、車から降りた。
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