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イニシャル極秘記入作業
グラタン一皿をトシとマサに分けようと思って買ってあったのに、ヤツらはどちらもぐっすり眠ったまま、起きようとはしなかった。
車から降ろして、そのまま布団に寝かせてしまう。
まどかとお昼ご飯を食べ終わった時には、すでに三時を回っていた。
お腹が一杯になったおかげか、まどかもすっかり落ち着いたようだった。
「パパ、しまじろう見ていい?」
何のことか分からなかったので、「いいよ」と答える。
まどかは手なれた様子で、ビデオをセットしている。その後
「……してるけど、はずしていい?」
と聞いてきた。
分からないのでそれも「いいよ」と答える。
今さら気づいたが、テレビラックの下に、きれいに教材のビデオが並んでいた。
まどかがビデオに夢中になっている間、そっとベランダに出て一服する。
半分くらいまで灰にしたところで、双子のどちらかが声をあげたのに気づいた。あわてて煙草をもみ消し、隅の鉢植えに突っ込んだ。
マサ(推定)が起き出していた。
わざわざ相方の上を這って起こそうとしている。
「こら」
急いで抱き上げ、リビングへ連れていく。かなりキゲンが悪い。
そりゃそうだろう、飯抜きなんだから。
「グラタン、食うか」
すっかり冷めてしまったグラタンの蓋を開けて、スプーンで少しだけすくって、口に運ぶ。
かなり好みだったらしく、彼は舌を鳴らしてあっという間に一口食べてしまった。
「まだ食うか?」次のひと匙もぺろり。
「すごいね、キミ」
次もぺろり。そしてまた次も。
ちょっと怖くなってきた。
もしかして、コイツ、これを全部食べてしまうのではないか?
そうすると、もう一人が起きてきた時、もう食べるものがない。
案の定、マサ(推定)は大人一人前のグラタンをすべて、食べつくしてしまった。
そこに、もう一人の弱々しい泣き声が耳に届いた。
まどかがぱっとふり返る。
「あ、マサも起きた」
え? 今起きたのがマサユキですか?
ということは、今まで餌づけを試みていた方が、トシユキということになるらしい。
「ねえまどか」
仕方なく、娘に聞いてみることにした。
「こっちが、マサじゃあないの?」
どうかしてるんじゃない? みたいな顔で見られた。
「マサはほっぺがぴにゅ、としててここのところが(と、自分のこめかみからあごにかけて撫でながら)すっとしてるからこっちがトシ。声もちがう」
と、簡単に言われてしまった。
ではオレはオムツをつけた時からずっと、勘違いしていたのか?
椎名さんは黙って立ち上がると、箪笥の上にあった文具入れから黒マジックを持ってきた。
まどかが見てない隙に、今までグラタンを食べていた方の足の裏に小さくこっそり『T』と書く。
こんなのがバレたら、由利香に締め上げられてしまう。
それはいいとして、今度はマサ(本物)がリビングに向かって這ってきた。
「だどゅ」
何となく、怒っているように眉を寄せている。
きっと腹が減っているのだろう。椎名さんはあたりをきょろきょろと眺め、冷蔵庫の上にある箱に子ども用のお菓子があるのをようやく見つけた。
「はいこれ」
お子様せんべい、と書いてあった真っ白でふわふわな感じのせんべいを、やってきたマサに持たせる。彼は待ちかねたように端からしゃぶり始めた。
片やグラタン、片やせんべい、この差はひどすぎる、そう思いつつも他にやるものがない。追いつめられた気分で、冷蔵庫を開けて中身を探ってみた。
牛乳、ヨーグルト、魚の切り身、肉……子ども用に特に用意されたものはなさそうだ。
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