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俺は大学時代の友人を思い出した。
彼はマスコミ研究会というサークルに所属していて、ハンディカメラで映像を撮影すると、よく編集作業に追われていた。彼のアパートに遊びに行くと、ビデオ画面を睨み、機材のツマミを動かすその友人がいて、俺と話をしながら編集していた。かなり大変そうだが、楽しそうだった。
彼は心理学部であり、いろんな心理学的な話を俺にしてくれた。今も覚えている。
「映像って、人間の心理の切り取りなんだよ」
そんな事を言っていた。
そして、楽しそうに編集をしていた。画面の中では、いろんな人間が動いていて、それを再生したり、逆回ししながら、彼は見つめていた。
あんな事をユー・ドライブでもしているのだろうと、俺は理解した。確かに俺の観ていた動画も見易いようにかなり編集され、テロップなどは普通のテレビ番組のようだった。
「鈴木さんは、何をしてんすか?」
当然、天野からそんな質問がくる。俺はスマホのメモに書いておいた自身の来歴を見せた。去年の今頃、ここで同じ質問をされたのを思い出した。
それを読んだ天野は驚いた。
「…ご苦労されてるんすね。言葉はなかなか良くはならないっすか?」
俺の脳腫瘍のあたりを読んでの感想だろう。実際は通常の会話などは問題が無いのだが、面倒なので天野には『まだ少しね…』と曖昧に答えておいた。
「鈴木さんもどうっすか、ユー・ドライブ? やってみたら、面白いっすよ」
天野が俺に笑いながら言ってきた。
俺は苦笑いして、小首を捻った。
天野の収入を聞いて興味はあった。
だが、簡単では無さそうだ。
俺は大学生の頃の友人を思い出していた。あの頃はyou-driveなど無かったが、撮影動画の編集は大変そうで、専門的な知識や、なによりセンスが必要だと思えてきたからだ。
最近、こうした天野のような『ユー・ドライバーがとてつもなく儲けている』という話題をよく聞く。『動画が◯◯◯万回再生!』とかもよく目にする。動画の再生回数はそのまま、収益に直結する。
大金を得るのは羨ましいが、俺はどんな動画を上げたら良いか、全く分からない。そもそも俺に人様にお見せするようなものがあるだろうか。
天野は『二番煎じ』というが、それなりに発想と努力があり、技術や苦労もあるはずだ。
高そうなものを身に付け、ヘラヘラしながら、おそらくは大変なんだろう。
少し“下心”があった俺だが、そこまで甘くはないだろう。
諦めた。
そんな事を天野に告げると、彼はケタケタと笑い出した。
「ははは、僕もそうでしたよ。何の特徴も無い派遣社員でしたしね。上から言われた事をただただこなすだけの日々でした。…それで、ある日、職場の様子や知り合いを撮影して、上げたらバズっちゃったんすよー。そうしたら、こうですよ。もう、何が“当たる”のか分かりませんよ?」
本当にそんなものかもしれない。
だが、俺は動画を上げたりする気には、もうならなかった。
その後、俺と天野はどうでも良い最近の話題を話し、店を出て別れた。飲み代は折半。天野は約束通り、次郎の中で撮影はしなかったようだ。悪い若者ではないようだ。安心した。
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