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 赤電(遠州鉄道)の『第一通り』駅を降りる。二階の改札を抜けて階段を下る。ほの暗いガード下の向こうに開けた街並みが見えた。  いつもの、どこか垢抜けたような人の匂いがした。いつもの浜松の街中だ。  (さて、今日はどこで飲もうか?)  いつものように、浜北から仕事帰りに電車に揺られ、浜松の中心街に来た。いつものようにふらりと飲み歩こうと思っていた。  俺は、この階段を下るといつも自由になったような気がする。  次郎に行こうか。いや、久しぶりに六兵衛に行こうか。  (ここは、“トリミン”だな…)  俺は去年からハマっている均一居酒屋に行くにした。貧乏人の俺の財布には優しい店だ。  駅から出てすぐの横断歩道を西へ渡る。右手に緑のパーキングビルが見えた。  浜松の街はまだ夕暮れでは無いが、もうすぐ街灯はが灯り出すだろう。もうすぐ夜の幕が降りるはずだ。  (…ん?)  だが、何か変だ。  道を渡ってすぐにある餃子屋が閉まっている。  そこだけでは無い。  通りの居酒屋、飲食店が軒並みシャッターを下ろしている。  俺は腕時計を見た。平日の午後4時半を少し回った辺り。いつとなら、1月のこの時期はこれくらい時間から店は開いているの。  俺は戸惑いながら、通りを西へ抜け、静岡銀行のある大通りまで出た。大通り沿いの店も皆閉まっている。  (…な、何だこれ?)  向かいの焼鳥居酒屋バード・エンペラーも閉まっている。この店は『年中無休』だったはずだ。  俺は、街の異変に気が付き始めていた。  横断歩道を渡り、有楽街の方向に歩く。  (…!)  有楽街へ向かう道すがら、俺は言葉を失った。  ここの居酒屋や飲食店が軒並み閉まっているのだ。  (何だ!?)  いつもの風景が完全に変わってしまっている。 テレビで観る『シャッター商店街』のようだ。どの店にも『閉店』や『臨時休業』の張り紙がある。どこか別の街に来たようだ。  あの次郎のシャッターにも張り紙があった。  俺は頭を巡らせた。  (…!)  思い出した。新型コロナウイルスの蔓延だ。
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