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「…だからさ、ダメなもんはダメって!」
自身の来歴を思い出していた俺は、大将が怒鳴る声で店の玄関付近を見た。
長髪の大将が外に出て、誰かと話したている。『話している』というか、追い払っているようだ。
大将が怒っているのは、先ほど有楽街で奇声を上げていた青髪の若者だった。何か頼み込むような感じだが、大将は野良犬でも追い払うように怒鳴っていた。
青髪の若者が何故か、ヘラヘラと笑い、まるで大将の言葉が通じていないような感じが印象的だった。そして、頭を下げて頼んでいるようだ。何をしているのか。軽薄に見えた。
やがて青髪は諦めたように有楽街の方向に後退(あとずさり)し出した。そして名残惜しそうに窓から次郎の店内を覗いた。
目が合ったので、俺は思わず逸らした。
大将が少し不機嫌に玄関から店内に戻ってきた。俺は注文を追加するついでに訊いてみた。
「ど、どうしたの、の?」
大将は苦笑した。
「どうもこうもないさ。“ユー・ドライバー”だってよ」
「…?」
「ほら、ネットに撮影した映像を流すやつ、あるだろ…」
「ああ…」
ネットの動画投稿サイト『You-driver』(ユードラ)で動画を流して、広告収入で儲ける奴らをそう呼ぶらしい。
「い、今のあ、青いや、奴?」
そう言っだが、その青年はもう店先にはいない。
「『店の中、撮影させてくれませんか?』だってよ…」
「こ、ここを?」
「ああ。『冗談言うな』って、追い返したよ」
大将は本当に迷惑そうだった。
「い、いーじゃん、さ、撮影させて、て、やれば、ば…」
「スーさんも、冗談言うなよ。あんなバカに店の中を撮らせても、何にもなんないだろ?」
「み、店の評判にな、なるんじゃ、な、ないの?」
「…バカ言っちゃダメだよ。何の足しにもならんよ。ユー・ドライブとかいうを観ている奴がうちみたいな居酒屋に来るか?」
大将は長髪を揺らして店内を見回した。
「…そ、そりゃ、そうか?」
俺は納得した。
去年の“自粛期間中”から、俺もスマホでユー・ドライブをよく観るようになっていた。これがなかなか面白かった。下手なテレビ番組より上手く出来ているし、知らなかった事を聴けたりした。
その視聴する者は多くは、若い世代だろう。
次郎は典型的な“昔ながら”の居酒屋だ。“ユー・ドラ”の視聴者は若者が中心。その動画を流しても、次郎の新規顧客獲得は期待薄かもしれない。
しかし、年明けにも関わらず、客入りは少し寂しい。
昨夜の夢は正夢ではなかったが、これは問題だろう。
ここは大胆な宣伝戦略に出るのも手かとは思うが、大将には大将なりの策があるのかもしれない。
俺は、うなぎもんじゃコロッケと熱燗に集中する事にした。
少し飲み過ぎた。
気が付くと、タコの刺身ともつ煮を追加し、熱燗は三本目を終えそうだった。
俺はかなり酔って次郎を出る事にした。
ホロ酔いを越えていた。久しぶりに心地よく飲んだ気がした。
昨夜、あんな夢を見たからかもしれない。
次郎は大丈夫だった。安心した。
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