天野

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 「いらっしゃ…。…お、おい?」  次郎の大将がまた来店した俺に驚き、さらに俺が連れてきた若者に驚いた。  当たり前だ。  追い払った馬鹿を、俺がまた連れてきたのだ。  俺はあらかじめスマホのメモに打ち込んだ『大丈夫。店の中で撮影はさせないよ。一緒に静かに飲むだけさ』という文章を見せた。  「…しょーがねぇな」  大将は渋々と承諾した。俺はここの常連というほど通い詰めてはいないが、大将は大目に見てくれたようだ。  俺と青髪は、アクリル板で仕切られたカウンターに並んで座った。何だか、去年からよく見る光景だ。  俺はスマホのメモに『熱燗、大徳利1』と打って、大将に見せた。  俺がこうして注文するのを見せると、“会話をしたくない相手”という事を大将は理解したようだ。  少し肩を震わせて、俺の注文を厨房に伝えた。  「…僕、こういう者です」  青髪がレモン酎ハイの注文前に名刺を出した。  驚いた。会社員だったのか、と思った。  『暴走系社会派Youdriver アマーノ』と書かれていた。  俺は青髪の顔を見てしまった。  「ユー・ドラやってます、アマーノって言います」と彼はにこやかに言い放った。こういう時は妙なあだ名では無く、本名を名乗るべきではないのか。  『俺は、鈴木篠千っていうけど』  すると、アマーノも「僕は天野崇光って言います。ユー・ドラではアマーノと名乗っています」  芸名みたいなものらしい。よく見たら名刺の名前の下に『あまチャンネル』とあり、URLがある。本当に動画で稼いでいるらしい。  「鈴木さん、ありがとうございます!」  「?」  「僕一人じゃ、この店、入れなかったっすから…」  『勝手に撮影したらダメだよ』  天野は激しく頷いた。根は真面目な奴なのかもしれない。ニヤニヤと笑っている。  「でも、鈴木さんって渋い居酒屋で飲んでいるんすね…」  最近よく聞く言葉だ。  『そうかい? 君はここら辺によく来るの?』  「はい。たまに撮影で」  (…撮影で?)  居酒屋の中を撮影してどうなるのか。  俺はそれとなく、天野というこの青年を観察した。頭を掻いている右腕にある時計は大きく、鈍く光っていて高そうだ。上着も色合いが突飛だが、高そうだ。デニムの下のスニーカーもスポーツブランドの高級品だ。  『ところでさ。そのユー・ドライブって儲かるの?』  俺は気になっていた事をダイレクトに天野へ訊いた。  そこに、俺の頼んだ熱燗と、天野のレモン酎ハイが来た。大将もニヤニヤしながら俺を見た。(仲良くやってんなー)とでも言いたいのだろう。  天野は「そんな、そんな…」と左手を振った。青い前髪が揺れた。  それで収益を話し出した。  そして、驚いた。  天野の『あまチャンネル』の登録者は既に約10万人。一つの動画の平均再生回数が5万回再生ほど。それで動画一つで2万5千円程の広告収入があるらしい。  俺は驚いた。本心だ。そんなにあるのか。  「僕はそれを月に…、6~7本上げてますね」  という事は、最低でも15万の利益だ。悪くない。現在の俺の収入より多い。  「…たまに、バズって30万再生とかいくと、20万行くときもあったりしますよ」  天野はにこやかに、さらりと言った。  (…な、なにぃ!)  俺は思わず声を出しかけた。  俺が病院中をカートで廻り、ゴミ回収して、社員のババアに小言を言われて働く1ヶ月の給料を遥かに越えている。  (そんなに儲かるのかユー・ドライブとは…)  心なしか、天野の揺れる青髪が眩しく見え始めた。  『凄いねー。そんなに人気あるんだ。ネットの中の有名人だったんだなあ。気軽に誘ってごめんね』  本音だった。有楽街で見た時は、単なる“バカ騒ぎ大学生”くらいにしか思っていなかった。  「いやいや。そんな事ないっすよ。数十万再生なんて毎回じゃないっすから。毎回、厳しいっすよ」  『いや、凄いよ。よくそんな商売やりだしたね?』  天野はさらに照れたようだった。  「いやいや。僕より先にやっていた人がいっぱいいましたから…。“二番煎じ”ってやつですかね?」  『それでも、そこまで儲けんなら十分でしょ?』  俺は、『金を稼いでいるから、何でも有り』とは思わないが、二番煎じだろうが、己の力で、公序良俗に外れないのならば、それは立派な“仕事”だと思っている。  それにこうして初対面の俺に平然と収入を言うあたり、本人もまんざらではないのだろう。  「そんなに、良いもんじゃ…」というが、それをしているのは今の天野であり、それなりに稼いでいるのなら、悪い気分でもないのではないか。  俺は、気になっていた事をそのままスマホに打ち込んだ。  『何で、それをやりだしたの?』  「…へ?」  下世話な俺は、彼の収入の高さから少し“下心”が出てきのだ。それで天野がユードライバーになったきっかけが知りたくなった。(…ひょっとしたら俺も?)と思ったからだ。
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