天野

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 そこで天野は、自分の来歴を簡単に話し出した。  年齢は25才。  何と、元は派遣社員をしていたらしい。  数年前から動画投稿を始め、去年になり、それだけで稼げるようになった、という。 「…コロナのせいっすかね?」と笑ったが、それは俺も思った。俺自身、ユー・ドライブをじっくりと見始めたのは去年からだった。外に出る機会が減り、スマホをいじる時間が増えたのは事実だ。それは誰しもであり、それが動画閲覧に“追い風”になったのこ。  天野は、それまでは市内の工場などで働いていたようだ。  高校も普通の進学校であり、趣味も特に無し。ネットに詳しかった事もない。  “ユードラ”が“誰でも動画を投稿できる”と知り、たまたま動画を上げたら、それが一週間で2000回以上再生された事で、「…まさか」と思ったのがきっかけらしい。  それで、撮影した動画を定期的に上げるようになった。  「気が付けば、少しばかり名前が売れ出しちゃいまして…」と天野は言った。  そんな彼は、やはりヘラヘラと笑っている。  謙遜しながらも、自身の“成功談”を聞かれるのが嬉しいようだ。  『元・派遣社員』と聞いて、少し親近感が沸いた。そして俺の可能性も感じだした。  『どんな動画、出してんの?』  俺は、それが気になっていた。どんな動画が儲かるのか。  「うーん。主に“トツ”系っすかね?」  『トツ?』  「そう、凸系の動画っす。いろんな所に突撃して、そこで動画撮影してます。これがなかなか人気がありまして…」  そうか。それで先ほども揉めていたのか。  『店の中で暴れたりするの?』  「まさか。普通に撮影する許可取って、後は質問とかするだけですよ。たまにキツくなったりしますけど…。凸系なんで」  “暴走系”とはそういう意味か。  一昔前の『アポなし』というやつか。だが、許可を取っているなら、それほど揉めたりしないだろう。それにこう話す天野はそれほど粗暴な人間には見えない。良識的な撮影をするのではないだろうか。  「こういうやつで撮ってますよ」  天野はそう言うと、足元のバックから“自撮り棒”を出した。たまにテレビで見るやつだ。  大将が慌てたのが分かった。  俺はそんな大将に、手を振って天野がそれを伸ばすのを制した。この先に自身のスマホをセットして撮影するらしい。  「撮るのはいいんすけどね。編集が大変で…」  『実質どれくらい撮影すんの?』  「場所にもよりますが、2時間か4時間っすね」  『それをどれくらい、短くすんの?』  「編集だと…あれこれと縮めて…、30分くらいですかね?」  それは大変だ。『縮めて…』という事は、自分で編集をしているのだ。  『一人でしてんの?』  「基本は僕一人ですね。…これがかなり大変で、撮った“素材”の中から面白そうなの、使えそうなのをピックアップして、さらにまとめて…、とかで、初めは半日近くかかってました。今は五、六時間ですね。業者に頼む時もあります」  『業者?』  「あー、ネットなんかで動画編集だけを請け負ってくれる人がいるんですよ。時間と残したい部分を指定すると、その通りに作ってくれます。委託料高いし、思った感じに編集できてない事もあるんであんまり頼まないっすけど」
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